最近は、従来の右派あるいは保守と左派という政治的分類、政治信条を表す言い方から、保守、リベラルと左派言うのが普通になってきた。保守政党である自民党の中に在って、保守とは政策路線の方向が違うグループが存在するからで、石破政権は中道・リベラルだそうで、メディアは、高市政権は、より右寄りな保守と位置付けている。日本の戦後メディアの体質はリベラルで、分かりやすい論客では、俺が正義だと言わんばかりの田原総一朗氏だろう。過去ブログ:2025年10月田原総一朗氏はテロじじいか?問題の番組は放送終了決定:
特に新しい分け方でもなく大体は分かるが、そういう分け方の、戦後の経緯などを端的に解説した記事は無いだろうかと最近気になっていた。そんな時目にした動画が、自民党西田昌司氏による、「命がけで暴露します…高市内閣の裏でトンデモない事が起きていました、、」という映像解説記事(27分)で、彼は自民党内では代表的保守派と言われている。そもそも日本と言う国は、世界の中で伝統を重んじる国と言う意味では保守的な国であり、世界的にトレンドであれどうであれ、リベラルに馴染めと言われても違和感を感じる人が多い国ではと筆者は思う。
別にリベラルが先進的でも近代的でも無く、それも行き過ぎれば、時に単なるへそ曲がりな言い分で、日本に在っては目立ちたがり屋の難癖付けにも見え、発言を生業(なりわい)にするコメンテーターには、わざとそんな発言をして、異論を言う事で自分の存在を際立たせようとするのも居る。単に言うだけで、本気で言っている事を実現できるとも、実現するとも自身が思っても居ない様でもある、、、。すこし波風を立てるのが意図であり、橋下徹氏などに、そんな意図が透けて見えるし、時には言っている事が現実からずれているが、それでもリベラル派メディアには重宝なのだろう。
保守であっても、時代に合わせて改革していけばいいのであって、そんな日本の政治風土の中に、リベラル派がスパイス的に居てもいいとは思うが、何が何でも意固地に左向けでは存在感が薄れ、飽きられて社民党の様になってしまう。

