中国の偵察用とみられる気球が、米国の軍事施設上空を飛行し、日本でも2019年から22年にかけて4回にわたって宮城県や青森県など、自衛隊や米軍の基地がある安全保障上、重要なエリアで確認されている。防衛省は、総合的に分析した結果から「中国が飛行させた無人偵察用気球であると強く推定されると判断した」と発表している。こうした中国による情報窃取は気球だけでなくさまざまな形で行われている。その一つが中国共産党と統一戦線工作部(UFWD:United Front Work Department)の活動である。UFWDとは毛沢東の時代、1938年の中国共産党中央委員会第6回委員会総会で設置が決議された中国の建国(1949年)よりも歴史がある組織である。中国が建国されて、その活動は下火となったが、2012年に習近平が中国共産党中央委員会総書記になるや、UFWDは息を吹き返したのである。
習近平が総書記に就任してわずか数年間で、4万人の新しいUFWD幹部が誕生したといわれ、現在時点で、ほとんど全ての中国大使館や領事館にはUFWDで働く人員が含まれているといわれている。UFWDの使命は、国内外の産業界や市民生活における中国共産党の影響力を高めることであり、政府系非政府組織(GONGO:Government-Organized
non-governmental
organization)と見做(みな)される組織である。中国人民政治協商会議、国家宗教事務局、中国外交部、工商連合会の4つの中国政府部門は、UFWDの指導の下にあるとされている。中国財務省が公表したこれら4つの部門の予算総額は、14億ドル(2020年)で、中国公安部とほぼ同額であることがわかるが、UFWDの予算については全く公表されていない。ワシントンのシンクタンクであるジェームズタウン財団の推計によると、2019年のUFWDの支出は26億ドル以上としており、中国外務省の予算を上回っているが、実際は、それよりも遥かに多いとの見方もある。中国共産党が、その支配を脅かすと信じている「5つの毒」と呼ばれているものがある。それは「ウイグル人」、「チベット人」、「台湾独立支持者」、「民主主義活動家」、「法輪功精神集団」である。
これらの毒を排除するためにUFWDは、それらの人々に迫害を加え、プロパガンダを繰り返してきた。その活動は主に中国国内であったが、近年、中国の国際世論の形成や中国人ディアスポラ(Chinese
Diaspora)の活動の監視と報告に注力している。ディアスポラとは「離散した民族」という意味で、「離散中国人」とも呼ばれる。具体的には華僑や中国人留学生、中国人ビジネスマンなどの中国国外にいる中国人を指す。
UFWDの中国人ディアスポラの監視活動は、スペインの人権監視団体セーフガード・ディフェンダーズが公表した2022年9月に公表した報告書「110 OVERSEAS Chinese Transnational Policing Gone Wild 」でいうところの「中国海外警察」が担っている。
中国海外警察は、欧米など53カ国、102カ所の海外拠点(海外警察署)を擁し、表向きには世界的な腐敗防止キャンペーン「キツネ狩り作戦」を行っているとしている。「キツネ狩り作戦」とは、習近平が総書記に就任した2012年から開始された、海外に逃亡した汚職官僚を追跡し、国内に連れ戻す作戦を指すが、その実態は中国の反体制派を、家族を脅迫するなどして中国に送還することである。
米連邦捜査局(FBI)とカナダ安全保障情報局によると2020年から2021年にかけて、およそ680人が中国に送還されたとしている。これらの人々とは中国共産党が作成したブラックリストに掲載された人々であり、宗教施設に出入りしている者や反体制派の集会に参加した者などさまざまである。キリスト教の洗礼を受けた7歳の子供もブラックリストに載っていた例もあり、年齢制限はなさそうだが、そもそもこのブラックリストがどのようにして作られ、ブラックリストから削除される条件があるのかなど謎は多い。
中国人にとっては、永久に危険人物となるかもしれない恐ろしいリストであるが、UFWDの活動は、中国人ディアスポラの監視だけではない。西側諸国の最先端技術情報や企業機密情報を入手するために行われた「千人計画」をはじめとして、「千粒の砂」と呼ばれる中国の諜報戦略に動員される華僑、学生、学者、研究者、ビジネスマンは多い。「千粒の砂」とは西側諜報機関が中国の諜報活動を例えて使用する言葉だ。海岸に落ちている砂の一粒が機密情報だとすると、ロシアのスパイは夜中にブルドーザーで1回に大量の砂を持ち帰り、中国は大勢の工作員が協力者とともに砂浜に寝そべり、背中についた砂を持ち帰る作業を何十年でも繰り返すのだという。
事ほど左様に中国の諜報活動は、発覚しにくいという特徴がある。
そのうえ組織としても官僚組織と違い、政府系非政府組織は、柔軟で素早いという利点がある。ロシアのウクライナ侵攻当初の失敗は、ロシア連邦保安局(FSB)、対外情報庁(SVR)、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)といった諜報部門の対立が指摘されている。また、米国においても中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)、国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA)などの諜報部門を複数抱えているために、縄張り意識や権力争いの結果として、あまりスムーズに行かないという官僚組織特有の問題がある。UFWDの場合は、2015年に「領導小組」を設け、習近平自らその委員長を務め、習近平の個人的な指示をUFWDに直接とどくようにしたことから、比較的運営はスムーズなようだ。
2022年7月、FBIのクリストファー・レイ長官と英国防諜機関情報保安部(MI5)のケン・マッカラム長官がロンドンで記者会見を行い、UFWDに警戒するよう呼びかけを行っている。レイ長官は、米国議会議員候補を標的とした例や、遺伝子組み換え種子の情報を得るために、中国企業のために働いている人物を捕まえたことなど、FBIの調査結果を例に挙げた。マッカラム長官は、英国の航空宇宙部門を標的にした例を挙げ、MI5が英国での中国の活動に関して18年比で7倍の調査を行っていると述べている。
日本でもUFWDの活動は例外ではない。その一つに孔子学院がある。孔子学院とは、統一戦線工作部の議長だった劉延東元副首相が、2004年に中国国家対外漢語教学領導小組弁公室(2020年6月より中国の大学および企業・団体等による「中国国際中文教育基金会」に移管)のもとに設立したプロパガンダ組織である。表向きは、中国共産党が中国語教育と中国文化の紹介のために立ち上げた国家プロジェクトであるが、第17期政治局常務委員(序列5位)であった李長春は、孔子学院が中国の外国におけるプロパガンダ組織の重要な一部であると公式に認めている。孔子学院は今も統一戦線工作部と正式に提携している中国共産党のプロパガンダ部門から資金提供されているといわれている。
日本では2005年から中国国際中文教育基金会と協定した立命館大学、愛知大学、早稲田大学など、全国で15の大学に孔子学院が開設されている(このうち工学院大学は2021年に、兵庫医科大学2022年に閉鎖を決めている)。孔子学院の設置には、法令による認可や届け出は必要がないため、文部科学省でもその実態が把握できていない。米国では、113あった孔子学院は、34にまで減少している。英国のスナク首相は、英国内の30校全ての孔子学院を閉鎖するとしている。同様にインドや豪州でも閉鎖に動きつつある中で、日本の動きはあまりにも遅いといえよう。
UFWDの活動は、日本企業の奥深くまで食い込んでいる。特に企業への浸透はめざましく、そのほとんどは日本国籍を有し、名前も日本人として全く気づかれない通名(通称)を名乗っている。ほとんどの日本企業では、国籍や本名かどうかのチェックもなく採用されるため諜報は、容易い。また、諜報というと研究・開発部門が連想されるが、人事異動などにより、現在は、財務や人事部門にまで入り込んでいる。彼ら工作員は、協力者を多く抱えているが、中には自分が協力者であるとの自覚のない者もいる。UFWDの目的は、企業機密だけではない。華僑による日本企業への投資や、果ては、鍼治療クリニックの運営から、自衛隊員がよく行く町中華や政治家が好んで使用する永田町界隈の高級中華料理店まで、ありとあらゆるところにネットワークを張り巡らしている。参照記事より抜粋 参照記事 参照記事 参照記事 参照記事

