main-qimg-8f83c103f5184ab1d908c9fdd82859c6-lqmaxresdefaultイラクのサダム・フセイン(Saddam Hussein)政権が1990年に侵攻したクウェートに対する賠償金の支払いを、イラク政府が終えた。イラクの中央銀行が2021年12月21日に発表した。侵攻から約30年を経て、同国経済の重しとなってきた補償が完了したことになる。賠償総額は524億米ドル(現在のレートで計算すると約5兆9900億円)に及んだ。21日に最後の約4400万ドルを支払って完了したという。カディミ首相の経済顧問のモザー・サレハ氏は「最後の支払いを終えて、イラクはクウェートへの戦争賠償のファイルを閉じた」と述べた。一方、安定的な電力供給さえままならない自国の現状にも触れ、「この賠償額があれば、十分な電力網を構築できた」と侵攻の代償の大きさに言及した。 the-kuwait-crisis_iraq_gulfwar_730px_02_7358f018be 当時のフセイン大統領が「クウェートをイラクの19番目の州にする」と宣言して実行したクウェート侵攻は翌1991年、湾岸戦争Gulf Warに発展。Operation-Desert-Storm-Oil-Spillイラク軍に撤退を求める国連決議に基づいて、米軍主体の多国籍軍(米、英、仏、サウジ)がイラク側を陸海空から攻撃し、クウェートを解放した。イラクは敗戦後多国籍軍の監視下に置かれ、経済制裁を科せられることになった。英文記事 参照記事 映像:平成3年(1991)湾岸戦争 米軍・砂漠の嵐作戦: Operation Desert Storm
9ffe25b5-sイラクのクウェート侵攻を機に2003年3月、ブッシュ政権の時イラク戦争が勃発した。結果は、同年5月にイラクの一方的な敗北で終結し、逃げ回った末にフセイン( Hussein)は2006年12月絞首刑になり、フセイン政権は解体された。戦後、イラク国内での大量破壊兵器捜索が行われたが、大量破壊兵器は存在しなかった。その後、イラク国内の混乱に乗じてISが台頭し、またイラクは長く困難な時代に入る。 過去ブログ:2018年4月来たる米朝首脳会談は核軍縮協議に終わるのか?

nappi11 at 00:30│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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