2017年09月26日 歴史、史実、記録


国内最古級とされる約8300年前(放射性炭素年代測定による)の埋葬人骨が出土した群馬県にある縄文時代の居家以岩陰(いやいいわかげ)遺跡(長野原町)で、国学院大考古学研究室による本年度の発掘作業が2017年9月18日まで行われた。=写真。 先月下旬に始まった発掘では、新たに4体の人骨が確認され、昨年発見した6体と合わせ、縄文時代の生活様式解明につながる貴重な手掛かりとして期待される。
岩陰遺跡は縄文前期の遺跡で、張り出した岩盤下のくぼみを、天然の住居として利用した遺跡で、特に群馬・長野・新潟をまたぐ山地で多く見られる言われ、後期には平地で集落を形成する。居家以岩陰遺跡は、出土した遺物の型式から、約1万4~5000年前から5500年前までの時期に最も盛んに利用されたと見られ、火を焚いた灰が堆積し、そのおかげで土壌がアルカリ性に保たれ、埋葬人骨が非常によい保存状態で残っていた。遺跡の使用時期が長期な為、更に古い時代の人骨が見つかる可能性もある。埋葬されていた成人女性は、縄文時代に見られる「屈葬 Flexed burial」という特徴的な埋葬形式で、生活空間に穴を掘って遺体を埋めていることで、死者を丁寧に扱う習慣があったと言われ、弥生時代に入ると死者は生活空間から避けて埋葬された。現在、東京大学の近藤修准教授(形態人類学)に依頼し、遺骨の骨・歯の形態から体型、顔立ち、年齢などを復元しているところだそうだ。 参照記事 参照記事 参照記事 「屈葬」の埋葬方式は、縄文人と関係が深いといわれる、ロシア中央、バイカル湖付近などでも確認されている。参照記事 過去ブログ:2017年6月現生人類の出現は10万年さかのぼり30万年前か? モロッコ 2016年6月日本人の源流のひとつはバイカル湖周辺か?

例えばヒスイ製品は新潟県糸魚川から北海道まで、多分数回の交流を経て運ば
れている。海運に長けていたらしい。日本地域は縄文時代も南方海洋民族(ラ
ピタ人)と北方大陸民族(多地域から・・バイカル湖付近からも)の多民族多
文化多宗教地域だったようでアイヌは比較的新しい侵入民族。言語の記録は無
く遺跡発掘が史料。約19000年前から太陽照射の関係で北極氷融解・縄文海進
開始・大洋海底陥没・マグマ流圧迫・火山噴火。約7000年前鹿児島沖の鬼界カ
ルデラ破局噴火で西日本壊滅。日照不足と火山灰沈降で人々の東進。弥生時代、群馬・栃木は東日本の入口で古代豪族が。西日本にも数メートル下の地層には
火山灰に埋まった縄文の遺跡が眠っているはず。8300年前の東日本の縄文人達
と破局噴火以前の西に眠る文化との類似は?縄文人達の交流は広いはずw