2012年2月24日:当時スペインに植民地支配されていたペルーで採掘、鋳造された金貨、銀貨約60万枚(コレクター価格で約400億円の価値、銀貨59万4千枚含む、史上最高額の財宝)を積んだ大型帆船が、ペルーからスペインに戻る途中の1804年、英国戦艦の攻撃によりに沈没し、2007年米国の会社が引き揚げたが、誰に所有権があるかで、米フロリダ州タンパの連邦裁判所は2月17日、スペイン政府に所有権があるとする判決を下し、総重量17トンの財宝は、米国フロリダからスペイン空軍によりスペインに空輸されることになった。着陸日、到着地は秘密になっているが。24日に米国を離陸したとも言われている。この船はスペインの「ヌエストラ・セニョーラ・デラス・メルセデス号 Nuestra Señora de las Mercedes」。1804年、ペルーから帰国途中にポルトガル沖、ジブラルタル海峡Gibraltar近くで撃沈され、米探査会社「オデッセイ・マリン・エクスプロレーションOdyssey Marine 
Exploration」が約200年後の2007年5月、財宝を引き揚げ、沈没船から引き揚げられた財宝としては史上最大級とされる。 オデッセイ社は、公海で引き揚げたから所有権があるとして財宝を持ち帰ったが、スペインと、さらに自国で採掘、鋳造された事からペルー政府も「返還」を主張。連邦裁は判決で、財宝の所有権がスペイン政府にあると認定するとともに、米社が引き揚げと保管の経費としてスペイン側に要求していた費用も支払う必要がないとの判断を下した。写真:海底の財宝と見つかった貨幣。
23日、ペルー政府は改めて、当時ペルーがスペインの植民地だった経緯を含め、米国に対し返還を求める書状を米国最高裁の送ったが却下された。以前にもペルーの商人が財宝の所有権を米国法廷に主張したが却下されている。2009年米国の裁判所は財宝に対し、米国の管轄権が及ばないとしてスペインへの返却を命じたが、引き上げたオデッセイ社は、船は当時、物資運搬中の商船で、スペイン政府の管理下には無かった事を理由に財宝の権利を主張していたが、2月17日、スペインへの返還が言い渡された。船が、当時のスペイン政府の管理下にあった戦艦で、財宝を守ろうと抵抗(乗員約200名)したが帰国途中で英国艦船に撃沈され、スペイン政府が今もその種有権を放棄していないことが主な理由。オデッセイ社は、決定は米国、スペイン政府間の政治的判断であり、英国と協力して引き上げた作業や保管にに260万ドル(約2億円)を費やしたと主張しているが、スペインからその保障はされない模様。財宝はスペインで貴重な遺産として展示される予定だが、財宝に見合う国債が発行され、23%の失業対策にあてる事も検討されている。写真:財宝の詰まったコンテナ 参照記事
*1804年とは:5月にナポレオンがフランス皇帝になり、1805年3月にはイタリー国王、5月にスペイン沖のトラファルガー海戦でネルソン提督の英国艦隊にナポレオン艦隊は負けている。英国海軍が世界を制覇していた時期で、スペイン船は英国へ進路を変えろという指示を拒否したため撃沈され、同時に3隻が拿捕され、積荷の大量な金銀貨幣が没収された。参照記事

