暴かれるカダフィ政権の犯罪 リビア(27) からの追記
395742_c450日本は中東産原油への依存度が高く、北米の11.1%、欧州の19.0%に比べ、アジア・太平洋地域全体で53.7%(2003年・BP統計より算出)、日本だけで見ると88.5%(2003年度・資源エネルギー庁石油統計速報)にも達していた。
なりふり構わずにエネルギー資源を確保する中国の影響もあり、石油資源の獲得競争は世界的に激化している。そんな状況で2005年10月2日、日本企業五社がアフリカのリビアで行われた油田鉱区の国際入札で、採掘権を落札。原油埋蔵量が世界九位(現在8位)のリビアで、日本企業が権益を獲得したのは初めて。当時、落札したのは新日本石油、帝国石油、石油資源開発、国際石油開発、三菱商事の五社で、対象となった二十六鉱区のうち六鉱区で権益を確保した。参照記事 2011/2/22参照記事中東 参照記事

PK2011090102100011_size0その後のリビア戦争はまだ終結していないが、リビアには日本の石油会社が進出し、2社は現在も採掘権を保持している。リビア石油産業の復活に日本の技術は大いに役立つはずで、同時に日本の国益が関わっている。そんな事もあって、ここのブログではリビアの動静を追っている。
リビアの今回の戦争は資源、経済戦争だと当初から言ってきた。
特に英国は、2月15日のベンガジでの反政府デモ勃発以降の早い時期から新政権樹立に動き、追うようにNATO軍、米軍が実戦に協力した。英国は地上軍こそ送り込まなかったが、3月19日からの自軍の航空機による爆撃、軍事アドバイザーやスパイの送り込みによる作戦指導など、かなりな部分で主導的な活動を今も行っている。当然、ここまで介入する意味があるわけで、それは資源確保であり、リビアに広大な採掘鉱区を確保する英国石油メジャーBPの保護だった。BPはメキシコ湾の原油漏出事故で莫大な補償を抱え、ここが生命線だとも言える。

BPは2010年4月20日に起きたメキシコ湾原油流出事故後の2010年7月20日、米国の独立系石油会社Apache Corporationに、米国、カナダ、エジプトの石油資産を売却する契約を締結、売却額は総額70億ドルで、売却対象はテキサス州とニューメキシコ州南東部にまたがるパーミアン盆地の油田、西カナダの天然ガス、及びエジプトの西砂漠油田とEast Badr El-din 油田で、メキシコ湾での災害保障費の捻出の為だった。①ルイジアナ州沖の石油基地爆発炎 海底から噴出続く ~ ⑮さて、これからが問題だメキシコ湾原油流出 図解 最終章  メキシコ原油流出後の環境汚染

BP は事故の3年前2007年5月29日、当時のブレア英首相のリビア訪問時に、リビアのNational Oil Company との間で リビアと調査開発契約Exploration and Production Sharing Agreement を締結しており、BPによると、当時これは
・国際石油会社がリビアと締結した単一では最大の開発契約で、
・BPの100年の歴史の中で、単一では最大の開発契約で、
409800oil-and-gas-sirte-basin
・近代になってリビアが国際石油会社に与えた単一では最大の面積の開発契約で、
・リビアの国立石油会社National Oil Company が国際石油会社とともにリビアの
石油・ガスを開発する戦略の成功例であるとしていた。

この契約後の2010年4月20日にメキシコ湾事故が起き、BPは莫大な補償債務を抱え、遠くの鉱区を売却し、近くの有望な鉱区での開発に全力投球する方向に転換、2010年7月27日の記事によれば、BPはリビア、シルト(Sirte)沖(右図)で深海油田掘削に着手したとある。これはリビアのGulf of Sirte(別名 シドラ湾)の1700mの海底で掘削を行うもので、メキシコ湾の流出事件の井戸より更に200m深い。

具体的なリビアLibyaでの開発規模は、7年間に54,000km2の開発を行うもので、海底のシルト鉱区Sirte basinの30,000km2と陸上のガダメス鉱区Ghadames basinの(左図)24,000km2とから成り、リビアの全土、アルジェリア、チュニジアにまたがる広大な地域の開発だ。シルト鉱区ではすでに油井掘削開始に向けたリグ(海上施設)の準備ができており、人工地震による地質調査はすでに2009年完了し、Ghadames basinについても、2010年末までに掘削を計画していた。

このBPの社運をかけた開発が進んでいた状況の2011年6月に、予想もしないリビア紛争がおきたわけで、何とかしてくれと英国政府に泣き付き
英国政府も、BPの破綻は英国経済の混乱を引き起こすのは必至とみて、それまでの協力関係から最初は状況を見ていたが、カダフィ政権崩壊を予測してからは徹底的bccb3670な攻撃、新政権擁立に推移し、状況は今の国際軍とカダフィ軍という戦争に発展して行った。
英国だけでなく、ここに資源を依存しているのはフランス、スペイン、イタリア、ほかEU諸国、そして日本。世界は、不安定になった中東以外からの石油を求めている。そんな中、カダフィを途中まで支援したロシア、中国は今後の開発に不利になった。

特に中国は、リビア南部のニジェールでも資源開発をして経済投資をしており、恐らく資源は、距離的にもリビア経由で中国まで輸
送する計画だったと思われる。中国にとってリビアでの影響力を失う事は相当な打撃だと想像できる。中国のリビアでの損害5兆円超!利権も失う?⑱  

2011年9月24日:バニワリード、シルト、サブハの新政権側の包囲はほぼ完了し、内部のカダフィ軍はどこにも逃げれない状態になっている。今は決死の覚悟で逃げ出す住民家族が一人でも多くなるの支援し9ff77e40、攻撃のタイミングを推し量っている。カダフィ軍は逃げ出す住民の車列に銃弾を浴びせ、シルトでは住民の車が破壊されたのが目撃されている。カダフィ軍は住民を内部に引きとめ、盾に使う可能性がある。参照記事 交渉期限切れ 最終攻撃に突入か リビア(26)   2011年9月23日YOUTUBE映像
2011年9月25日:現地24日早朝から、シルトへの攻撃が始まり、カダフィ軍は下町に後退しながらも激しい抵抗をしている。攻撃は街の東西からで、市民の脱出が優先だったが、市内には食料もなく、病人も多いとしてこれ以上待つことが出来ないと判断したようだ。

2011年9月26日:シルトではNatoの空からの支援と同時に地上軍が市内で市街戦を展開している。トリポリ西部 アルジェリア国境沿いでは、アルジェリアに逃亡し4_Nic614420ていたカダフィ軍が舞い戻り、国境沿いで新政権軍兵士6名が死亡したとの報告がある。トリポリ近郊では、刑務所の囚人の集団埋葬地が確認され1200~1700人の虐殺遺体があると推定されている。犯行は1966年に行われたもの様で、遺体は酸で溶かされたりしていて身元確認は難航するようだ。写真は26日シルト南側付近の新政権兵士、狙撃の危険は無くなっている。 


nappi11 at 09:43│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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