
府立高校教諭(52)は、特攻隊に志願した父が 教育にだまされた」と語るのを聞いて育ち、君が代は歌わないと決めた。国歌斉唱が導入された2000年度以降不起立を貫いてきた。
だが橋下知事が不起立の教員を免職することも辞さない姿勢を打ち出すと、「私はもはや少数派かもしれないが、いろいろな考えがある中で、強制するというのはそもそも教育なのだろうか。ただ黙っていることはできません」と話した。記事元から抜粋
誰しも職業の選択の自由はある。彼は教師になる事を強制されたのではないだろう。彼が自分で教師を選択した時点で、過去の経験から学校儀式で国歌斉唱のあることは十分想像できたはずだ。知人に身内を交通事故で亡くし、自ら運転は止めた人がいた(しばらくして抵抗感が薄れたので運転は再開したが)。そんなトラウマを抱えた人がバスの運転手やタクシー運転手の職に就くだろうか?恐らく避けるだろう。もし、就職していれば退職したのではと想像できる。タクシー会社にしがみついて、「私に運転を強要するのは違法だ」と言っても通じないだろう。
強制が教育かと言えば、ある程度そうだろう。数学では九九を覚えろと強制され。体操では、全員同じ動作を強制される。しなければ協調性が無いとして評価されず、社会に出れば法律や規則を守る事が強制され、従わなければ罰金や罰が科せられ、社会人として再教育が必要だろう。こんな道理が分からないとしたら、そもそも教師には不適格だったのではないか?我慢できなければ会社を変えればいいだけで、ただし、そこの会社に社歌があれば、歌う事は強制されるだろう。特攻隊を産み出した当時の社会状況を疎(うと)ましく思うのは皆同じだが、その当時、舞台装置として利用された国歌や軍歌、桜の花に個人の思いで文句を言っても、それはかなり個人的な八つ当たりでしかなく、違う時代に、生い立ちの違う他人に理解も求めても無理がある。そもそも、明治から昭和にかけて、子供に皇国史観や軍国主義を教え込んだのは学校であり、彼が言行一致を求めるなら、教職は避けるべき職業だったのではないのか?それでも望んで教師になったのなら、するべきはネガティブな反発ではなく、教壇で平和の大事さを説く事ではないか。そのことが今の憲法にも、教科書にも反映されていることは多くの国民がすでに認めている。
コメント
2. Posted by どら 2011年05月29日 12:47
日本国は不自由民主主義国家だからね。
3. Posted by eisenritter 2011年06月02日 02:18
組織の禄を食む以上組織倫理に従うべきは当然の義務
嫌なら辞めればいい、かかる輩の団子理屈を称して
甘ったれ症候群と言う v(^▽^*!
嫌なら辞めればいい、かかる輩の団子理屈を称して
甘ったれ症候群と言う v(^▽^*!
1ミリも考え方に違いがありません!!!
おっしゃるとおり!!!