2013年06月
神戸港に輸入されたコンテナから覚せい剤(合成麻薬)約200キロが押収された事件で、兵庫県警薬物銃器対策課と近畿厚生局麻薬取締部、神戸税関は2013年6月25日、覚
せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕したメキシコ国籍の無職サンチェス・コルデーロ・フロレンティーノ容疑者(36)=神戸市灘区船寺通4=ら
男3人を送検した、と発表した。ほかに逮捕されたのは、同国籍の自称農業手伝いメサ・ガラス・ファン・マヌエル容疑者(25)=住所不定▽船舶代理店社員、谷水豪容疑者(27)=同市中央区南本町通4。3人の送検容疑は5月4日、鉄鉱石に見立てた材質不明の塊に覚せい剤193キロ(末端価格約135億円)を隠し、コンテナ3個に収納してメキシコから貨物船で神戸港に密輸した疑い。3人は「鉄鉱石と思っていた」などと、容疑を否認している。船に積まれた三つのコンテナの荷物は鉄鉱石約70トンと申告されていたが、実際は覚醒剤が入った石材の塊(15~35キロ)193個が交ざっていた。 参照記事
捜査関係者によると、覚醒剤を約1キロずつ入れたポリ袋を鉄鉱石に偽装したコンクリート製ブロックの内部に隠し、50センチ四方大の鉄鉱石に見せかけて持ち込もうとしていた。神戸税関がX線検査で見抜いた。鉄鉱石に偽装した覚醒剤密輸の摘発は全国で初めてで、荷揚げの段階で、鉄鉱石の中に不審なブロックが交じっているのが分かり、エックス線検査などで覚醒剤と判明したことから、県警は
税関などと合同で捜査を開始。鉄鉱石の荷受け人となっていた日本人やメキシコ人ら男3人を6月5日に逮捕した。覚醒剤の大量密輸をめぐっては、今年2013年3月にもメキシコから横浜港に荷揚げされた大型製粉機内に覚醒剤約240キロ(末端価格約168億円)が隠されている
のが見つかり、4月、覚せい剤取締法違反(密輸など)の疑いで、中国人男女8人と日本人男女2人の計10人を逮捕している。参照記事 YOUTUBE映像
量の多さから、組織的なのは確かで、メキシコと日本の組織が直接取引を活発に行っていると想像でき、長くメキシコの麻薬組織を追っているが、心配していたことが現実になり、すでに他国のことではなくなってきたようだ。図で見れば、摘発件数は150件未満と減少しているが、押収量は年間500キロに届く勢いで増加している。メキシコからの密輸量は全体の14%まで急増し,2007年のメキシコからの密輸摘発1件が、2012年は24件になっている。メキシコを中心とした中南米ルートが急増しており、捜査関係者らは「今後も中南米ルートの警戒が必要」と指摘する。参照記事:覚醒剤密輸「メキシコルート」急増 4年で24倍! 進む大口化 過去ブログ:2013年4月メキシコ麻薬カルテル勢力分布図 2013年4月~ メキシコ 英文参照記事 2013年6月キシコ麻薬国際流通経路 2013年~
福
島県沖に設置する洋上風力発電用の巨大な風車が完成し、三井造船千葉事業所(千葉県市原市)で2013年6月25日公開された。本体を海に浮かべて発電する浮体式の装置
で、風車の直径は80メートル、設置時の海水面からの高さは106メートルになる。出力は2千キロワットで浮体式の洋上風力発電では国内最大規模。月内に
福島県沖までえい航し、10月にも本格的に発電を始める。東日本大震災からの復興に向けた経済産業省による実証実験の一環で、三井造船のほか丸紅や三菱重工業、東京大学など11者が共同で実施する。2014年度夏には世界最大級となる7千キロワットの風車も建設する計画だ(計画では、高さ:約230メートル、重さ:浮体が約5000t、支柱が約1000t、翼が1枚約30tなど、1基合計で約7000t)洋上は障害物がなく安定的に強い風が吹くため風力発電に適しているとされる。一方で陸上に比べて建設や送電にコストがかかる課題もある。実験を通じて洋上風力発電の事業性を検証する。
過去の記事では、2千キロワット級は、高さ30m・横幅50mの浮体を製作し、これに、高さ90m・重さ320tの風車を載せるとなっていた。2012年3月のプレスリリースでは、日立製作所は「浮体式洋上変電所」担当で、「浮体式洋上風力発電施設」は三菱重工とIHIMU、三井造船となっています。そのほか、佐賀県唐津市沖では三井海洋開発が、風力と潮流発電を組み合わせた装置を2013年8月末までに設置し、秋から発電を開始予定。発電機は500Kw.
そのほか実験中の物も含め、海上風力、潮力利用の発電設備が多数稼働し始めています。開発に関係している会社を見れば輸出商品としての可能性も追求しているのがわかります。離島などには向いているでしょう。ぜひ扱いが簡単で、発電効率がよく、堅牢で長持ちする商品開発をしてください。 参照記事 参照記事丸紅PDF 参照記事東大PDF 英国は13兆円を投じ7000基以上の風車を沖合に設置し、3200万キロワットの電力を発電す る。これで2020年時点での英国の総電力需要の約3割を再生可能エネルギーでまかなう計画 過去ブログ:2013年2月強風で風力発電発火、倒壊 英国
2013年11月11日:福島沖合で浮体式洋上風力発電設備が運転を開始した。出力2MWの浮体式洋上風力発電設備と浮体式洋上変電所の開発・建設は技術的にも大きなチャレンジで、10企業、1大学で構成するコンソーシア ムが、事業開始から2年にわたり、技術開発、設備製造、地元調整等を進め、本格的な実証運転に至ったものです。参照記事
中国の2002年から本格化した北部の水不足を解消する「南水北調」計画については過去ブログ:2008年3月すべての計画が破綻!中国水問題 2012年8月世界一の「三峡ダム」は巨大な汚水の肥えだめ 中国 に記録しているが、この時すでに水源はひどい汚染にさらされていた。2
013年6月、国営テレビCCTVは、中央ルートの北京の水源地である「丹江口ダム」は、アジア最大の人工淡水湖で漢江の中上流に位置し、漢江と丹江河南や湖北両省にまたがり、長さは30キロ余りで、幅が20キロ程、「小太平洋」とも呼ばれているが、工業排水、生活排水の流入から、現在深刻な汚染が問題となっており、来年秋に同プロジェクトの完成が予定されているが、河南省、河北省、北京市、天津市などの20以上の都市の住民はこの著しく汚染された水を飲用することになると報じている。このダムの水源である漢江は、長江の最大の支流であり、総長は1532キロ。丹江は河南省や、湖北省、陝西省の辺境一帯を流れる漢江の最長の支流。陝西省紫陽県内の漢江沿いでは、両岸に住む30万人以上の住民が生活ゴミと汚水をほとんど処理せずに漢江に流している。記者が調べたところ、漢江沿いで汚水排出口が数百メートルの間隔で設置されている。県内の鉄道の駅では、公衆トイレの配管が破裂し、漏れた糞尿がそのまま漢江に流れていた。ある大型観光 フェリーの従業員は、船の汚水を全部漢江に流していると証言した。同県環境保護局の責任者は記者に対して、「生活汚水が直接漢江に排出されるのは、確かによくあること
だ」と認めた。県内唯一の汚水処理工場はいまだに操業していない。河北省十堰市から4キロ離れた神定河から漢江に流れる汚水は年間で5千万トンを超えている。付近の村民は「南水北調が完成すれば、北京の人たちはこの汚水を飲むのだ」と冷ややかだった。右は、黒い水が流れる神定河河南省を通る「南水北調プロジェクト」の用水路には、生活汚水のほか、生ゴミも当たり前のように河に捨てられている。記者が訪れていた100人規模の水上レストランでは、トイレの下水道から排泄物が直接川 に排出し、従業員は裁いたばかりの魚の内臓をほうきで川に掃き捨てた。このような水上レストランが約20軒ほどある。住民たちは取材に対して、「ここの水は飲めない。野菜を洗ってもいけない。皆が地下水を汲み取るポンプを設置し、飲用水もほかの所から調達している」と話し、現地農民は「この河の水には毒があり、田植えにも使えない。魚介類はとっくに全滅した」と記者に話した。
記者が現場で見た漢江の汚染状況と対照的に、今年5月に発表された政府の最新報告書は、丹江口ダムの水質が良いとしている。「6年続きでⅡ類*、特に直近の3カ月間は(最も優良ランクの)Ⅰ類に達した」という。中国環境科学院研究院の趙章元氏はCCTV記者に対して、丹江口ダムの水質はⅢ類にも届かないと示唆し、「その水質の悪化を食い止めるのは非常に困難」と指摘した。その理由として、現地行政の怠慢、汚染排出企業との官民癒着、環境保護体制の欠陥をあげている。*参照記事 参照記事 参照記事 参照記事 水質浄化に日本企業も参加
インドを訪問中の米国のケリー国務長官U.S. Secretary of State John Kerry は2013年6月24日、首都ニューデリーでクルシード外相らと4回目となる米印戦略対話を行い、混迷が続くアフガニスタン和平協議やサイバーセキュリティー部門などでの協力を強化することで一致した。さらに、「(アフガンの)和平プロセスは反政府勢力タリバンが国際テロ組織アルカイダと完全に手を切るなどの条件の下でのみ進められる」と強調。インドのクルシード外相も「インド政府も同じ認識を持っている」と述べ、支持を表明した。
映像;雪が降る時期のアフガニスタン・カブール 上の写真は、山裾まで日干しレンガの家が並ぶアフガンの首都カブールAfghanistan capital of Kabul 参照記事 アフガニスタンの首都カブールの街並みは碁盤の目に近く整然としている。しかし、人口増加で土地はなく、人口はもう500万人に達し、ヒンドゥークシュ山脈の向こう側に街はない。丘に住んでいるのは富裕層ではなくて、ほとんどが貧困層らしい。多くは水や電気が届かず、泥のレンガを積み上げた家に住んでいる。実際に近くでみてみると、街は碁盤の目ではなく迷路のよう。10年前には100万人だったのが、急激に増え、次々と街が拡大していったようだ。外国からの援助金がアフガニスタンの国内総生産の98パーセントを占めると言われている。2014年に連合軍が完全撤退した後、経済状況はより悪化するのではないかと専門家は予想している。アフガンのカルザイ大統領Afghan President Hamid Karzai ;写真左 は2011年8月11日、憲法規定に伴い、2014年に行われる次期大統領選(3期目)に出馬しない意向を表明しめしている。また、今回の米国とタリバンとの直接対話や交渉を歓迎せず、アフガンが主導での平和協議を求めている。 参照記事
問題はタリバンとの和平交渉がアフガン主導で行われる予定で、また、米国とアフガンの両者間の信頼レベルはそれほど高くはないということだ。さらにタリバンの内部事情に詳しいアクバル・アガAkbar Agha元タリバン司令官;写真 が21日、カブールで毎日新聞の取材に応じ、交渉の議題について、「タリバンが参加する『暫定政権』の発足と、暫定政権下での大統領選や議会選挙の実施」を挙げ、政治復帰を目標としていることを明らかにしているが、来年の大統領選でアフガンのカルザイ大統領 Hamid Karzai は、現政権を否定する「暫定政権」の提案は受け入れないとみられ、アフガン主導を強調している。また、交渉に先立ち、米政府が求めている「女性の権利保障」については、「西側諸国や(イスラム圏の世俗国家)トルコの『女性の権利』は認められない」と述べている。過去のタリバン政権時代は女子教育を否定し、女性の体を隠すブルカ着用を義務付けたが、今後もこれらを維持する考えを示した。これほどに互いの軸足が離れた対話が、はたしてうまく行くのだろうか?
いずれのタリバンの主張も、米国もアフガン政権も容易に受け入れがたいように見え、アフガン憲法下で、タリバンの主張が受け入れられる状況とは思えない。過去幾度かの交渉が決裂したように、また同じ結果になるのだろうか?タリバンの中には、頑強に原理主義を唱えるアルカイダ系武装集団ハッカニネットワークHaqqani networkもあり、また最近ではパキスタンタリバンが外国人登山客を殺害する事件も起きている。多少でもタリバン代表が妥協すれば内部反発を招くだろう。米国のジェームス・ドビンズ James Dobbins特別代表(アフガニスタン・パキスタン担当;US Special Representative for Afghanistan and Pakistan ;写真)は24日午前にもカブールを訪れ、アフガン政府高官らと会談する見通しだ。米国はタリバンとの交渉で、アルカイダ系とは交渉しないと発言しているので、これはハッカニ・ネットワークを指していると個人的に推察している。 参照記事 過去ブログ:2013年6月タリバン系武装集団が外国人登山客10人殺害パキスタン北部
2013年6月25日;アフガンの首都カブールKabulで、早朝6時半ころ大統領宮殿presidential palace.とCIA施設、Ariana Hotelを狙った自爆テロと銃撃戦があり、90分の撃ち合いの末、タリバンは全員死亡した。 直後にタリバンが犯行声明を出している。攻撃に際し、少なくても3人のタリバンが国際軍のランドクルーザーに偽装した車に分乗し、偽のバッジなどを付けて変装していたと報じられている。偽の通行証で大統領宮殿に侵入しようとしたが検問で止められたと軍の関係者がコメントしている。爆発は、車に積んであった爆弾だとされている。この辺は過去に幾度も襲撃を受けている。これは今回の和平協議への反発の意思表示ではないのか?YOUTUBE映像 YOUTUBE映像 参照記事 参照記事 過去ブログ:2011年9月ハッカニカブール攻撃アフガン首都中心をタリバンが攻撃 暗殺相次ぐ 写真は、大統領宮殿へ向かう検問所付近、奥のほうに爆煙が見えている。
レバノンLebanonのシーア派民兵組織ヒズボラHezbollahがシリアの戦線に参加したことで、レバノン内部のスンニ派は反発を強め、サイダSaida( Sidon)を拠点にするサラフィー主義Salafi スンニ派指導者 Ahmad al-Assir;写真 の、聖戦参加への呼び掛けに呼応してレバノン各地でスンニ派によるデモが起きている。Al-Assirの記録映像6月23日、ベイルート南部のサイダSaida;(旧名シドンSidon:レバノン第3の商業都市)近郊のアブラAbraのレバノン軍のチェックポイントがスンニ派支持者やスンニ派民兵組織 Jund al Sham や Fatah al-Islamによって襲撃され、激しい戦闘でレバノン兵6人が死亡した。スンニ派のデモをレバノン軍が制圧したことでの襲撃とされている。この衝突で軍兵士10人と武装グループの2人が死亡したほか、双方の計約50人が負傷したとの報道もあり、ロイター通信によると、軍兵士ら少なくとも12人が死亡したと報じられ、アルジャジーラは15人死亡と報じている。
サイダ市周辺の道路には検問が設けられ、サイダからの移動が制限される一方、海岸側の道路には覆面姿の狙撃者も展開し、サイダへのヒズボラ民兵の侵入を妨害しているようだ。
北部トリポリTripoliでもかなり以前から宗派対立から銃撃戦が起きている。 参照記事 参照記事 参照記事 過去ブログ:2012年8月隣国レバノンに戦火拡大か?シリア
2013年6月26日:レバノンの首都ベイルート東部で、音楽の収録にミニバスで向かっていたスンニ派25人の集団が、3台の車で近寄ってきた正体が不明な8人の男に襲撃され、20人がナイフで刺される事件が起きた。犯行動機は不明だが、宗派対立ではと推測されている。参照記事
YOUTUBE映像
世界はあまりにも殺伐としていて、道理よりも経済や勝敗にこだわり、人命尊重や自然保護はおざなりにされています。生きることは大事ですが、飽食する必要はない。TVはうまいもの探しとなり、意地汚い芸人のオンパレードだ。嘆かわしい。個々の趣向は良いとしても、マスコミがあおることもないだろう。
シリアでは今日も歴史的遺産や子供たちに向けて砲弾が撃ち込まれています。人間は歴史から何も学んでいないように見えますが、それでもわずかでも進歩はしているのでしょう。そう信じたいのですが、、。動画に登場する動物たちは、かなり進化して賢いような、、
事故当初は被害が公表されなかったが、米オハイオ Ohio州デイトンの国際空港Dayton International Airportで2013年6月22日12:45 p.m、航空ショーでアクロバット飛行を行っていた複葉プロペラ機が墜落、炎上し、翼の上を歩くスタントを行っていた女性
Jane Wickerさんと操縦士の2人が死亡した。
地元テレビ局の映像によると、観客席の前で背面飛行を行った直後に地上に激突した。米国家運輸安全委員会が事故原因を調査している。YOUTUBE映像
2007年の Dayton showでもベテランのスタントマンJim LeRoy氏が飛行機の墜落炎上で亡くなっている。参照英文記事
パキスタンPakistan北部山岳部ギルギット・バルティスタン地域Gilgit-Baltistan regionで2013年6月23日未明1時ころ(日本時間同日未明)、武装勢力が海抜4200m程にある簡易ホテルを襲撃し、外国人観光客ら10人を殺害した。地元当局によると、死亡したのはウクライナ人5人と中国人3人、ロシア人1人とパキスタン人ガイド1人。中国人1人が負傷して病院に搬送された。
同地域にある世界9位の高峰ナンガ・パルバットNanga Parbat mountain(8126メートル)近くの海抜4200 m付近にあるベースキャンプに近いホテルに銃で武装した複数の男が侵入。宿泊していたパキスタンガイドを殴り、観光客から金銭やパスポートを奪い縛り上げ、ひざまづかせた上で頭部を撃って殺害し逃走したと報じられた。男ら15人ほどは地元自警団の制服を着ていたといい、警察などが周囲を封鎖して行方を追っている。パキスタンを拠点とするイスラム武装組織「ジュンダラJundullah;(神の兵士軍団)Sunni insurgent group Jundollah (God’s soldiers) 」がロイター通信に「これら外国人はわれわれの敵だ」と犯行声明を出した。彼らジュンダラの過去のリーダーAbdolhamid Rigiは、2010年6月にイランでのシーア派教徒殺害の罪で絞首刑となっている。参照記事 参照記事 過去ブログ:2009年10月シーア派、スンニ派 今度はイランが、、。また複雑に、、分布図同地域はヒマラヤ山脈やカラコルム山脈への入り口として多くの観光客が訪れる。パキスタン国内では治安の良い地域とされるが、近年では少数派のイスラム教シーア派を狙ったテロ攻撃が散発的に起き、このジュンダラJundullahグループは、パキスタンで2012年2月シーア派の乗客の乗ったバスを襲撃し、18人を殺害した事件の犯行声明を出している。参照記事 参照記事 参照記事 過去ブログ:2012年2月パキスタンのシーア派襲撃に、「神の軍団」の名前が浮上 パキスタン
別記事では、スンニ派武装組織「パキスタンのタリバン運動(Tehreek-e-Taliban Pakistan、TTP」のスポークスマン Ehsanullah Ehsan :写真右の左が、外国人ツーリスト殺害は、米国の無人機攻撃でTTPのリーダーWaliur Rehman Mehsudが殺された事への復讐で、犯行はTTP傘下の攻撃部隊「Junud-e-Hafsa」が行ったと犯行声明を出したと報道された。これが「ジュンダラJundullah」と同一かは不明だが、TTPの関与は間違いないようだ。 参照記事 過去ブログ:2013年5月タリバンNO,2死亡か?パキスタン
2013年6月23日(日本時間24日);パキスタンのメディアが、殺害された遺体の収容が軍のヘリと軍用機 C-130 air plane で行われ、ラワルピンジのチャクララ空軍基地Chaklala airbase in Rawalpindi に到着し、その後首都のイスラマバードに移送された事を報道した。犯行はアルカイダ、タリバン系新興組織「 Junood ul Hifsa」とも報道され、名前の綴りが多少違っている。YOUTUBE映像 YOUTUBE映像BBC22日、殺害された被害者の国籍は、中国人2名、米国人1名、ネパール人1名、数名のウクライナ人、パキスタン人ガイド1名で、中国人1名が負傷して救助され、外国籍の死亡者は9人とも報じられ、情報が混乱している。警察はまた、犯行は22日夜10時ころだったと、初期報道の23日未明1時ころとは違ったコメントを出している。
現在パキスタンの内務省が10人の遺体の身元確認中で、現在4人の身元が確認され、確認されたのは2
名の中国人、1名のネパール人、1名の中国系米国人だとし、他6名はウクライナ人の可能性があるとしている。米国籍の被害者1名の存在は、イスラマバードの米国大使館も確認している。ウクライナ外務省は、殺害されたのは11名で、ウクライナ人被害者は5名とコメントしている。パキスタンの内務省は、当時外国人登山客には警備員は随行していなかったと認め、パキスタン首相は事件解明に全力を傾けるよう命令を出している。写真はチャクララ空軍基地Chaklala airbase in Rawalpindi についた被害者の棺と、事件のあったベースキャンプ付近の風景とテント 参照記事
ヒマラヤ山系のキャンプ地での殺害事件について、パキスタンのThe Express Tribune News Networkの24日付の報道では、殺害された10人の国籍は以下の通り。1名が中国、米国の2重国籍所有者、3人がウクライナ国籍、2名がスロバキア国籍、2名が中国籍、リトアニア、ネパール国籍が各1名と判明した。他にシーア派とみられて殺害されたパキスタン人で地元に住む28歳のガイドAli Hussain 1名がいて、死亡者は計11名。確認はパキスタン当局によって公表されたもの。One was an American with dual Chinese citizenship, three came from the
Ukraine, two from Slovakia, two others from China, one from Lithuania
and one from Nepal 参照記事
メキシコのユカタン半島 Yucatán Peninsula東部、マヤ遺跡の多いグアテマラに近いカンペチェ州states of Campecheのジャングルで、スロベニアの考古学者らが古代マヤ文明の新たな古代マヤ都市遺跡Ancient Mayan Cityを発見したことが分かった。研究者らは、約1000年前に起きたマヤ文明の衰退(一時9世紀ころ衰退し、15世紀ころまで反映した)を解明する手がかりになると期待している。ユカタン半島の3州(Campeche, Yucatán and Quintana Roo)には今も、マヤ族の系統の言語を話す人が80万人程いるとされている。参照記事 YOUTUBE記録映像
今回の発見場所一帯は、カンペチェ州states of Campecheのユネスコ世界遺産UNESCO World Heritageに含まれる地域内で、地図の緑色、カラクムル保護地区 Calakmul Biosphere Reserve,内の北部で発見された。スロベニア芸術科学アカデミーのIvan Sprajc准教授によると、遺跡はカンペチェ州の右キンターナ・ロー州 Estado de Quintana Rooの州都チェトゥマルChetumalから西へ約120キロ(大きな地図内緑色の点)。ピラミッド15基のほか、宮殿、広場、競技場、彫刻を施した遺物、祭壇 palatial buildings were found, including two ball game courts, squares, plazas, sculptured monuments and altars. などが見つかり、ピラミッドの高いものは23m(75 feet)と計測された。

赤い岩、大きな岩"Red Rock" or "Large Rock",などの意味を持つ「チャクトゥンChactún」と名付けられたこの遺跡の人口は、グアテマラにあるマヤ文明最大の都市ティカルTikalよりは小さかったとみられ、Sprajc准教授は、22ヘクタール(54 acres)の、森に囲まれた低地域に3万─4万人ぐらいが暮らしていた可能性があるとした。また、チャクトゥンが最も栄えた時期は、西暦600~900年 600 to 900 A.D.(約1100年前)の間ではないかとみられ、遺跡は西暦300~240年 300 to 240 A.Dころまでさかのぼると推定される。その後マヤ族は16世紀にスペイン人に征服され古代文化が途絶えた。マヤ人は我々日本人と同じくモンゴロイド系人種であり、すべてではないらしいが赤ん坊のころ蒙古斑が出るそうだ。また世界中に日本と中国、メソアメリカ(メキシコ、中央アメリカ)で見られる翡翠(ヒスイ)信仰もある。参照記事 参照記事 参照記事
中南米、南米には有名な「マヤ」「インカ」「アステカ」文明があるが、混同しがちなので、簡単に説明がされているサイトの図を掲載しておきます。そのほか、巨石人頭像:写真右(高さ2.85m) で知られ紀元前1200 - 400( 1200 - 400BC )年頃の先古典期 前期から中期に、メキシコ湾岸に面したベラクルス、タバスコの州境(地図のメキシコ南部、赤い◯枠付近)を中心として栄えた謎の多いオルメカ文明があります。同じメキシコにあったアステカ文明は、メキシコ中部、現在のメキシコシティー付近で栄えました。 参照記事
1941年6月22日は、ロシアそして他の旧ソ連邦構成共和国の歴史において、悲しみと嘆きに満ちた日だ。この日、ナチス・ドイツが「バルバロッサ作戦:Operation Barbarossa 右図 ドイツ語:Unternehmen Barbarossa ウンターネーメン・バーバロサ」でソ連に侵攻したのだ。(ロシア名;大祖国戦争(Great Patriotic War ロシア語: Великая Отечественная война、ウクライナ語: Велика Вітчизняна війна)
ヒトラーは1941年の秋から「スターリンをウラルの向こうに追いやって」イランやイラク、エジプト、スエズ運河地帯を我が物する作戦に着手し、 その後インドにまで手を伸ばすつもりだった。
1941年(昭和16年)6月22日3時15分、主力の北部・中央・南部の三方に分かれた機甲師団を中心とするドイツ軍およそ120個師団300万は、一斉にソ連領内へなだれ込み、ついに独ソ戦の幕が切って落とされた。ヒトラーはソ連との電撃戦の勝利を明らかに期待していた。彼の全ての計画は、最初の数か月で実現すると思われ、ソ連軍は頑強に抵抗したが、秋までにドイツ軍
は、モスクワ近郊に迫った。YOUTUBE映像 ソ連の焦土作戦 ソ連が、対ドイツ戦に向け準備をしていた事、それも極めて真剣に準備していた事は言うまでもない。しかし時の指導者スターリンは、もしソ連がより多くの軍 隊を国境に集結させたならば、ドイツを挑発する事になるのではないかと危惧していた。ロシア科学アカデミー西洋史研究所のナターリヤ・レベジェワ研究員 は、そう考えている―「そうした恐れは完全に間違ったものでした。スターリンは、ヒト ラーの御機嫌を取ろうと試み、自分のそうした行動により、ドイツの攻撃を阻止できると考えていました。そのため、ナチス・ドイツの攻撃を受けた後、ソ連は 自国の部隊を国境に集結させる暇がありませんでした。その結果、敵はモスクワ郊外
まで侵攻してしまったのです。」ソ連に対するドイツの攻撃は、ロシアでは「背信的なもの」と呼ばれているが、果たしてそれは「思いもかけない」ものだったのだろうか?なぜなら当時、日本に居たゾルゲらソ連の軍事諜報部員ら:左は、ドイツがソ連侵攻の準備をしている証拠を送っていたからだ。東京のドイツ大使館にオット大使の顧問として潜り込んだスパイ・ゾルゲは、ドイツによる対ソ攻撃が近いこと、開戦の確度が95%にも上ることを6月1日にはモスクワに送っていたが、ソ連指導部は、そうした情報に注意を向けなかった。ゾルゲが命がけで得た情報については「疑問あり」とされ、スターリンまで届かなかったことが戦後、明らかにされている。、、。参照記事 参照記事
これの約半年前の1940年(昭和15年)9月27日に、1936年の日独伊防共協定を発展させた日独伊三国同盟(英: Tripartite Pact (between Japan, Germany and Italy in WWII)、独:Dreimächtepakt、伊:Patto tripartito)が、日本、ドイツ、イタリアの間で締結されていた。ドイツは満蒙の利権を持つ日本と組んで対ソ戦を有利にしたく、日本は、1920年代からの国内景気の悪化を満州開拓で乗り切ろうとしていた1931年満州事変を起こし、関東軍の勝利で終わったが、中国の市場を狙う米国は日本を敵視し出した。日本は、その米国の支援を受ける蒋介
石国民党とのその後の日中戦争、英蘭が占める南方進出を有利にしたい思惑があった為、反米、反ソで、英米仏蘭などによる植民地主義全盛の世界の中で、共に経済が悪化し植民地を渇望していたドイツ、イタリアとの三国同盟を強化した。結果は、日米の直接対決の、太平洋戦争への道をつき進むことになり、戦争は世界規模の植民地争奪戦となっていく。地図は1942年ころの日本の植民地統治地域と欧米からの独立支援地域。
この導火線に火のついたのが、1941年6月22日ナチス・ドイツの「バルバロッサ作戦」と理解している。
当時平静を保って独ソ開戦を受け止めた日本政府首脳と軍部の指導者たちだったが、松岡洋右外相の行動だけは際立っていた。1941年6月22日の夕刻、松岡は天皇に単独上奏しているが、驚くべきは、その内容で「独ソ開戦した今日、日本もドイツと協力して、ソ連を討うつべきである。このためには、南方は一時手控えるがよいが、早晩は戦わねばならぬ。結局、日本は、ソ連・米・英と同時に戦うこととなる」。独ソ戦開戦後の日本の対ソ戦はドイツが日本に対して促していた事と言われるが、ドイツが開戦予定日を日本に事前に漏らすことは無かった。
そんな中、松岡は1941年3月27日にヒトラーと会談し、その後モスクワへ足を延ばし、4月13日にスターリンと「日ソ中立条約(有効期間は5年)」締結に成功して世界を驚かせており、松岡の6月22日の言動は周囲が首をかしげるほど奇妙なものだった。

周囲からは松岡がいかにもドイツ政府の代弁者のように見えたことは、致し方のない面があり、天皇は戦後の『昭和天皇独白録』にて「松岡は(ドイツに)買収されたのではないかと感じた」と綴っている。独ソ開戦前後における松岡の理解不能な言動は、松岡批判が多いひとつの原因になっている。その後日本は1941年12月、米国との全面対決となる太平洋戦争へ突入する。 参照記事 参照記事、、すでに南方への戦線拡大が念頭にあった松岡が、ドイツに協調しての日ソ戦は余りにも重荷だと思ったと想像でき、もしスターリンが独ソ戦が間近いと感じていたなら同じ思いだったろうが、逆にスターリンは日本側の態度を見て、ドイツにソ連を攻撃する意志はないと読み取みとり、ヒトラーが松岡のモスクワ行きを敢えて止めなかったのは、そうする事でスターリンを油断させる思惑があったと言われている。 参照記事
中国食肉大手の双匯国際は2013年5月29日、米豚肉生産大手スミスフィールド・フーズSmithfield Foodsを47億ドルで買収する計画を発表した。中国企業による米企業の買収案としては過去最大となる。過去ブログ:米国の大手豚肉加工企業を中国が買収 米国この買収劇に5月29日、即座に異を唱えたのが、J・ランディ・フォーブス下院議員Congressman J. Randy Forbes (共和党、オバマ大統領は民主党):写真 で、スミスフィールド・フーズの本社はフォーブスの地元バージニア州Virginiaにあり、フォーブスも対中国強硬論者を自任している。フォーブスは、この買収がアメリカの食料安保と国家安全保障への脅威であり、双匯国際がアメリカの食品品質基準を守るかどうかは疑わしいと主張す
る。「外国の食料に頼るような状況になってはいけない」と、フォーブスは記者たちに語り、外国企業による米企業買収が国家安全保障 national securityを侵害するかどうかを判
断する対米外国投資委員会(CFIUS;Committee on Foreign Investment in the United States)への申し立てを検討したいとした。 CFIUSはこれまで何度か中国企業による買収案を審査しているが、食品会社の例はない。昨年にはCFIUSの提言
を受けたオバマ大統領が、オレゴン州の海軍訓練所近くに小型風力発電所の建設計画を進めていた中国の三一重工に中止命令を出している。参照記事 Forbes Responds to Chinese Firm’s Potential Purchase of Smithfield Foods
すでにこの件については、スミスフィールド・フーズの株式の5、7%を所有する主要株主のスターボード・バリューが、企業価値が双匯国際の提示額を大きく上回る可能性があるとして、6月17日中止を求めている。同社は、双匯国際が提示する1株当たりの買収額34ドルは過少との見方を示し、スターボードは、1株当たりの評価額は44─55ドルに上るとした。スミスフィールド、双匯国際から17日時点でコメントは出ていない。参照記事
現在日本が米国から輸入する豚肉の30%強はスミスフィールド社の製品で、スーパー他、豚カツ専門店などで使われている。輸入食肉製品の安全面から、決して日本に無関係な問題ではない。中国企業による過去最大級の米国企業の買収が合意に至るまでには、スミスフィールド社の株主総会での承認、米国政府の外国投資委員会(CFIUSC)の審査を通過する必要があり、今年下半期に完了する見込みと言われている。日本では豚ではないが、海外資本の不動産買い付けに対して規制のないことから、全国で中国、韓国資本による森林や別荘地の買い付けが多発している。現状は、各自治体が条例などを設けて規制している状態である。中国資本が森林を狙う意味としては、そこから出ている豊富な水源を狙っていると指摘されていることから不安が広がり、政府の後手に回っている対応に非難の声がある。
中国は、それだけの資本投下を国内の近代的養豚場の開発に向ける発想が必要で、国内産は危険だからと海外に安易に求める発想は幼稚すぎる。安全な食の国内自給率を高める発想が共産党に無いことが一番の問題だろう。世界中の食材が、金にあかして食い散らかされれば、中国人は豚のように肥え、世界はやせ細る。エネルギーの消費効率を見れば、1kgの石油が生み出すエネルギーの価値を計算すると、日本が10.5ドルで世界一。この数字は中国の7~10倍に相当し、国として努力した結果だ。その努力は、1990年以降、研究開発費用がGDPに占める割合が日本は世界一だと言われる結果に表れている。国力とはこういうものをいうのであって、決して軍事力などではない。中国の偉そうな、飽食で太りきった軍人が軍事力を自慢するのを見ると、かわいそうにさえなる。世界は、軍備のいらない世界を目指しているのであって、自慢する心情はあまりに子供じみている。中国に宇宙開発の技術まであれば、まずはジャブジャブと石油を使い、大気汚染や環境破壊するのを止め、資源を大切に効率よく使う方向へ行くべきだろう。それをせずして、他国の資源にまで手を出すとは放漫すぎる。過去ブログ:2012年12月最近の中国 拾い読みと私見
シリアで反政府側が対戦車誘導ミサイル(英: anti-tank guided missile、ATGM)を使う映像が多く流れ出した。過去ブログ:2013年6月対戦車誘導ミサイルを使う反政府側の映像 シリアこれに狙われると、シリア側の戦車も鉄の棺桶と化してしまう。反政府側が西側に求めている武器の筆頭がこの武器で、使い慣れているためかロシア製を希望している。2013年6月20日投稿の、シリアのイドリブでの戦車攻撃の映像では、この武器がロシア製の9K115-2 Metis-M, (西側呼称 AT-13 Saxhorn-2)だと記述されている。記録映像;写真右 本体重量13.8キロ~23キロ。射程距離800~2000m。ワイヤー誘導式。他に、反政府側が konkurs(正確にはKonkurs-Mか?1712年設立のロシアの武器製造メーカーTula Arms Plantのホームページより konkursはロシア語表記のКонкурсを英語表記したもので、英訳では Contest;戦い という意味のようだ。工場はモスクワ州南部トゥーラ州Tulaにある)と呼ぶ、やはりロシア製誘導式対戦車ミサイルも使用され、現在多くがサウジアラビアから反政府側に支給され、アレッポなどへ流れているようだ。皮肉なことに、これで破壊される政府側戦車もまたロシア製T-55、T-72だ。ミサイル攻撃のデモ映像 デモ映像

オバマ米政権が内戦の続くシリアの反体制派への武器供与を決めたことに、アサド政権寄りの姿勢を示すロシアが反発している。米国が実際に武器供与に踏み切ればアサド政権と反体制派の戦闘が激化、情勢が一段と混迷する恐れもあると言われている。ロシアのプーチン大統領は2013年6月17日、英国・北アイルランドのロックアーンで主要8カ国首脳会議(G8サミット)の閉幕後に会見し、内戦が続くシリアのアサド政権に対する武器供与を今後も継続する考えを示した。大統領はアサド政権への武器提供を「合法的な政府に対する合法的な契約に基づくものだ」と正当化し、新たな契約が結ばれれば売却を実行すると言明した。欧米が検討しているシリア反体制派への武器供与については「誰の手に渡るか管理できず、非常に危険だ」と批判した。参照記事 シリアの戦闘は、南部ダマスカス、南部ダラー、中部ホムス、北部イドリブ、北部アレッポ、で激しい戦闘が継続中2013年6月23日:シリア反体制派の武装組織「自由シリア軍」のアブドルカリーム報道官は6月23日、「すでに新 タイプの対戦車ミサイルを入手した。対空ミサイルの供給も近く受ける約束を得た」と明言した。事実なら、戦車や空爆など圧倒的な火力に支えられ、北部の要 衝アレッポの奪還を目指す政府軍に、脅威となる可能性がある。同報道官によると、武器の供給は現段階では一度だけ。「われわれが要請している十分な数量に、まだまだ達していない。政府軍がアレッポで作戦を本格化する前に、新たな武器が届かなければならない」と支援国に対応を急ぐよう求めた。ロイター通信によると、湾岸諸国の情報筋は、サウジアラビアが対空ミサイルの小規模な供給を二カ月前に実施し、過去一週間で高度な武器の供給を加速したと 指摘。西側情報筋は「湾岸諸国が武器を供給し、西側諸国が通信機器やガスマスクの提供、戦略支援などを行うという役割分担がある」と語った。参照記事
2013年6月26日:シリアの人権監視団体は、シリアでの犠牲者数が10万人を超えたと公表した。参照記事シリア内戦の平和解決に向けて米ロ両国が提案している国際会議について、米ロと国連は2013年6月25日、ジュネーブの国連欧州本部で準備会合を行ったが、開催の見通しは立たなかった。
協議は約5時間に及んだが、ロシアと米国はシリアの同盟国であるイランの会議への参加やシリア反体制派の代表をめぐり、合意に達することができなかった。これにより、開催は早くても8月以降になるとみられる。これ以前にシリアの政府高官は、「ジュネーブの会議で、シリアは、権力を相手側に移譲するつもりはなく、統一政府の樹立と真の協力を目指して、この会議に参加する」と語っており、一方の反政府側は、一貫して会議へのシリア現政権の参加を拒否している。写真は国連とアラブ連盟合同のシリア特別代表を務めるブラヒミ氏(左から2番目)と米ロの代表ら。代表撮影(2013年6月25日ロイター)参照記事 参照記事
状況として、現在の反政府側が一転不利な戦況では、会議の意味は無いと反政府側、米国、西側が判断したともとれる。シリア情勢はイラン対サウディ、カタール等の代理戦争の色彩を帯び、オバマ政権はアサド政権などは眼中になく、米国が介入した場合のイランの米国権益に対する攻撃等に対してのみ警戒し、今後の展開を模索しているという論調も見える。最近の状況では、レバノン内で、シーア派対スンニ派、ヒズボラの内紛が拡大し、シリアとは別な内戦が発生する可能性もある。
ケリー国務長官は、今の状況が続けば、(結果の出ないまま)シリア政府、シリア軍は崩壊し、イスラム過激勢力だけが生き残り、周辺国にとっていっそう危険な状況になると警告している。参照記事
写真は2013年6月20日の映像から、中国の一見豪華なマンションですが、建築中の内部に入ると、ドアはパルプの圧縮材に紙製のハニカムコア、つまり紙製のドアで難燃ベニアも使っていないので、防火上大いに問題ありでしょう。壁には発砲スチロールが入っていて、強度と不燃性に大いに問題ありで、床はこすると粉になっています。おそらくセメント量が不足か何か違うものが混入されているようです。天井からは雨漏りで、外のドレン管から雨水は地表に垂れ流しで、これでは地面が陥没します。こんな状態で内装をかけて、小奇麗にして売ってしまうのでしょうが、恐ろしい建築物としか言いようがありません。これでは建物の強度も計算されていないでしょうし、基礎もいい加減ではと思われます。YOUTUBE映像記録 過去ブログ:2013年3月コンクリ床崩壊 床には鉄筋と梁が無い!中国 2009年7月上海のマンション倒壊 中国よ 素直に日本に学べ
2013年6月20日:アラスカの州都アンカレッジANCHORAGE, Alaskaではここ1週間ほど華氏70度(70°F=
21.1°C)を超える日が続き、6月18日には1926年の記録華氏80度(80°F=
26.7°C)を超え、華氏81度(81°F=
27.2°C)の最高気温を記録した。市での華氏70度以上の連続日の記録としては1953年の連続13日の記録が残っている。20日の最高気温をチェックすると24℃となっていて、1953年の高温日連続記録更新の可能性もある。わずか1か月前まで雪が降っていたが、アラスカでは1年のうち6月~7月がもっとも暑く、アンカレッジの通年の最高気温は華氏60度前後とあるので、暑くても摂氏15~20度位までのようで、Wikiにはアンカレッジの最暖月・7月は摂氏14℃、最寒月・1月はマイナス8.9℃と平均気温が書いてある。参照記事
6月17日には、アンカレッジから北に128キロ(80マイル80 miles)の小さな町 Talkeetnaでは華氏96度(96°F
=35.6°C)の最高気温を記録し、非公式だが、あるロッジの経営者は華氏98度(98°F
= 36.7°C)にもなったと驚いている。日本なら真夏日の夏の気温だが、アラスカの住民にとっては猛暑で、急激な温度上昇にエアコンを使う人も出ているそうで、寒いほうがいいと不満を漏らす人も多いとか。記録映像 アラスカ州の過去最高および最低気温は内陸部で観測され、過去最高気温は1915年6月27日にフォートユーコン(北極圏の8マイル (13 km) 内側)で観測された 100°F(38℃) であり、過去最低気温は1971年1月23日にプロスペクトクリークで記録された -80°F(-62℃) 。

