2011年05月
犯人はイスラム系の3人の若者たちで、逮捕された一人16歳Bihal Gazievは、「彼女が(イスラム教徒の戒律)シャーリア法 Shariahを破ったからだ」と主張し、まったく後悔はしていないと言う。左はその少年で、彼はすでにジハード(聖戦で殉教する事)jihadに傾倒しているそうだ。テロ組織が少年たちを聖戦士に勧誘する時、『殉教すれば天国で72人の処女とセックスができる』と説き、多くの少年たちは天国を求めて兵士になると言われ、そのために、現世で頑なに教義や、それを犯したものへの戒律(シャーリア法)の実行に忠実になろうとする。参照記事
彼女は、そんな洗脳された少年達の犠牲者になった。米軍に殺害されたオサマ・ビンラディンも若い頃、シャーリア法の執行を監督する役人だった事がある。シャーリア法は「目には目を」で広く知られている。過去ブログ:シャーリア法の乱用とイスラム教の拡大 :愚かな西側の宗教観と宗教学者
2011年6月1日:この事件に進展があり、殺人は、彼女に付きまとっていた同級生の男性による強姦殺人の可能性を警察が公表した。事件直前に少年たちの一人が彼女をバイクに乗せていたのが目撃されている。また、ウクライナには25万人のイスラム系が居住するが、現在まで宗教的内部対立抗争や石打刑の行われた事は確認されていないとも公表し、少年たちが宗教的判断から、シャーリア法に沿った石打刑をしたと言う主張に疑問を打ち出している。 筆者注:過去の例から見れば、イスラム教では強姦をした男性は死刑にされる。それも遺族による石打刑の可能性が高い。それを避けるために少年がウソを言っていた可能性は高いが、いずれにしてもシャーリア法に沿って断罪されるだろう。別な報道では、殺害された女性はロシア系のキリスト教徒で、少年たちの自供に矛盾があると指摘している。参照記事
すでに閣僚クラスが亡命したり、国外脱出し、欧米はすでにカダフィ政権が復活することはないという認識だが、一人カダフィは「停戦してやってもいい」という態度だ。反政府側は、カダフィの完全消滅か国外退去しか認めていないので、カダフィが認めた仲介の南アフリカ連合案を「拒否」。状況は確実に不利な中で、カダフィは一人「裸の王様」の様に、周りが見えていない。それにしても不死身だ。NATO軍の猛爆で身内や息子が死んでいく中、味方からの暗殺にも、かすり傷も負わず生き残っているのは驚異的だ。政権末期のヒトラーを思い出させる。写真は、場所は公表されていないが、5月30日首都トリポリで、南アフリカのジェイコブ・ズマ(左)と協議するカダフィ大佐。カダフィ軍がリビア国民に銃を向け、多数が死亡している中、国民が再び「裸の王様」を向かい入れる事は無いだろう。
2011年6月2日:反政府軍が制圧しているベンガジBenghazi, the Libyan rebels' cityのチベスチホテル TibestiHotelの駐車場で車爆弾が破裂し車が炎上したが、負傷者は出なかった。ホテルにはマスコミ関係者が多く宿泊し、当日も反政府軍の記者会見が行われていた。ベンガジでのこのようなテロは6週間ぶり。西部の
チュニジアに近いNalutでは配給食料が底を突き始めているとの報道がある。
6月2日の報道では、リビア内の混乱で、大量の武器が北アフリカの 「イスラーム・マグリブのアル=
2011年6月3日;反政府軍は、カダフィ軍より見劣りする兵器でありながら、リビア西部で攻勢に転じ、カダフィ軍の本拠地首都トリポリにも迫っている。外人傭兵の多いカダフィ軍より、地形に詳しい反政府軍が有利に展開しているようで、カダフィ一族の国外退去と武力放棄を要求している。NATO軍の空爆はトリポリに集中し続行されている。写真右 参照記事
2011年6月8日;カダフィ軍は約1000人規模で、反政府軍が制圧している港湾都市ミスラタMISURATAをロケットとミサイルで、市の東西から攻撃を開始した。8日までNATO軍による24時間体制の猛爆がカダフィの立てこもるトリポリで行われていた。カダフィ軍は現在対空兵器も使用している。6月7日にはカダフィがメッセージで「死ぬまで戦うhe would fight to the death」と公言している。
広州市(香港の近く)の上下九・歩行者天国には工場の在庫などを処理する店舗が多く集まる。最近、入り口のワゴンに「3~9元/枚(約40~110円)」の洋服が山積み される店舗や、「セール最終日」のうたい文句で連日激安セールを行っている店舗が増えている。その中でもひと際目立つのは「どれでも1枚1元(12.5 円)」と書かれた子供服を販売する店舗だ。店のオーナーは、「最近は工場の在庫処理をたくさん頼まれる。売り切れないほどだ」と話す。(右は1元表示のシャツ、日本で言えばバッタ品、処分品と言う事で、これ自体特に珍しい事ではないですが、、。)
上下九で「1元洋服」が出現したのは、2008年世界金融危機以来のことだという。「10数元以下の洋服はみなコストを下回る値段だ。2008年の時は、 輸出先の問題で多くの商品が輸出できず国内販売に回されたが、今回は過剰生産による在庫や工場倒産による在庫の処理がほとんどだ」、、珠江デルタ東北部に位置する新塘(広州市外れ)は世界的な「ジーンズの都」として、中国人がはくジーンズの6割以上、60もの海外ブランドを作り出している。しかし最近、新塘では多くの小規模の縫製工場が倒産し、大規模工場の受注も大幅に減っているという。
今年3月に開かれた中国国際服装服飾博覧会で、「生産コストの上昇」が参加企業の間で一番の関心事となっている。2010年には綿花価格が50%上昇し、 工賃水準も15%上がった。1枚の洋服を生産するコストが1年間で平均2割上昇し、靴の生産コストにいたっては3~4割上がっている。生産コストの上昇が受注価格の上昇につながり、その結果、国外からの注文は中国を避け、ベトナムなど生産コストの低い東南アジアの国へ流れる傾向が出ている。、、
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が最近発表した研究によると、中国の労働力コストの上昇や人民元値上げ、さらに、エネルギー・原材料・不動産価格や輸送コストの上昇で、今まで優勢となっていた低コストの時代が終焉を迎えている。、、アメリカは、今後自国に生産現場を回帰させ、5年以内でアメリカが再び製造業の王者の座に復帰する、と分析している。過去ブログ:相変わらずドイツ外交がスゴイ
右は両親をエイズで亡くした農村部の少年 過去ブログ:中国エイズ感染の実態
新疆ウイグル自治区にあるエイズ患者の権益を守る団体によると、資金の半分は政府幹部と、政府と癒着したNGO団体の幹部に横領されたという。世界保健機関(WHO)の前幹事長補佐でカーネギーメロン大学の周啓康教授は、中国への資金提供は同基金の存亡を脅かしていると指摘し、「経済的な実力のある国に巨額の資金が提供されている事実を寄付者が知れば、寄付する意欲が減退するのではないか」と危惧している。参照記事 参照記事
日本からのODAも以前から中国政府役人の汚職の餌食になっていると指摘されている。止めないのは、日本、中国側に、それで潤う天下りや企業があるからだろうとさえ言われている。上のような中国の実態から見れば、その可能性は限りなくあるだろう。
日本はこの世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の生みの親で(世界基金の日本との詳細、経過など)で、20011年4月までで、すでに基金が拠出した約191億ドルのうち、日本政府は、14億205万ドル(1132億円以上)を拠出しています。
2011年6月1日:中国の温家宝首相(左)は、中央機関の職員に対して、国家予算倹約の模範を示すよう呼びかけた。温首相は、「我々の目標は、汚職のない、つつましやかな政府だ。」と強調し、国家予算による官僚の海外出張を厳しく制限する必要がある、と指摘している。・・・役人の汚職は首相が言うほど単純ではなく、もっと巧妙だろう。そんな事は、役人上がりの首相ならとっくにご存知のはずだが。賄賂に言及せず。倹約だけに絞ったのがなんとなく意味深長だ。
アメリカも広いなと思ったニュース。
2011年5月27日:メキシコ西部ミチョアカン州Michoacan とハリスコ州 Jaliscoの州境の町Las Lomasで、連邦警察軍と麻薬組織ラ・ファミリアLa Familia Michoacanaとの武力衝突が起き、組織側ヒットマン11人が死亡、36人が逮捕された。構成員はJosé de Jesús Méndez Vargasの元で活動していたと見られている。警官側数名が負傷した。ラ・ファミリアLa Familia,は、過去には合成麻薬の製造、米国への密輸で有名だが、リーダーの逮捕やボスの死亡で今年に入って壊滅状態だ。24日にはミチョアカン州で警察のヘリコプターが地上から銃撃で撃ち落され、警官二人が負傷しているが、逮捕者の中に、この容疑者もいるようだ。
警察の捜査の中で、27日にハリスコ州 Jalisco、Las Lomasの Jilotlan de los Doloresに在る農場にヒットマンが集合していると言う情報を入手して乗り込み、銃撃戦になった。一団は新興対抗組織 テンプル騎士団Knights Templarを襲撃するために待機していたようだ。写真上は、連邦警察軍と押収した70丁のAK-47などのライフル、大量の銃弾、手榴弾など。下は逮捕されたヒットマンたち。又メキシコ警察は同じ頃、別な場所でセタスメンバー10人を逮捕している。恐らくテンプル側の密告で、警察も利用されているのだろう。これは麻薬組織がよく使う手だ。 参照記事
2011年6月8日:メキシコ南西部モレリア western city of Morelia, Mexico周辺の路上で、計21人の手を縛られた処刑遺体が発見され、一部は拷問されていた。遺体には警告文が残されていて「これは社会の求めによるもので、彼らは窃盗や盗人、強姦魔で、数はさらに増える」と書かれていた。メキシコ警察は、ラ・ファミリアから分派した「テンプル騎士団」の犯行と見ている。
2011年6月21日:上記のラ・ファミリアLa Familia drug cartelのボス José de Jesús Méndez Vargas 通称 El Chango(猿の意味 50歳)が、メキシコ中央部 Aguascalientesでメキシコ警察の襲撃で逮捕された。銃撃戦にはならなかった。
警察の見解では、この逮捕で組織は壊滅に近いが、すでにラ・ファミリアのコピー組織「テンプル騎士団Knights Templar,」(ボスは元教師で、ラ・ファミリアのカリスマ指導者だった Servando Gomez 別称 La Tuta 左下)がミチョアカン州を拠点に活動し、すでに上の様な強盗や強姦犯人を殺害するなどの犯罪を繰り返しているとし、ラ・ファミリアの形態はテンプル騎士団に引き継がれたと見ていいだろう。ゴメスの特徴は、キリスト教を組み込んだカルト宗教的集団である事で、自分たちは住民を守るために、違法な侵入者と戦う番人を自称し、ナワバリ内で住民に対して犯罪を行ったものを処刑している。セタスとは、ラ・ファミリアの頃から敵対関係にある。
イスラム圏、中近東からの映像をよく見ている方はお気づきだと思うが、この地域では、警察でも犯人を集団で殴ったりするのが日常で、警察学校の訓練でもよく新米警官は何かにつけて棒で殴られたりけられたりする。どうもこの国では、これがひとつの伝統的な教育の方法らしく、当然軍隊でも新兵に対し頻繁に行われている。こういう教育を受けた警官が街に出ると、今度は民衆に対して同じことをする。警官などは、そのための長い棒を持っていたりする。同じ光景はインドやパキスタンの映像にも出てくる。どうも中東、中近東では当たり前に行われる行為のようだ。
しかし、いくらなんでも5歳の子供には行きすぎで、恐らくトラウマで残るだろう。2008年には、教師が生徒を定規で殴り、さらにおなかにパンチを加えたため生徒が死亡する事件が起きている。教師だけでなく、エジプト全体の問題だろう。YOUTUBE:ひたすら容疑者をたたくエジプト警官 エジプトの学校での体罰
府立高校教諭(52)は、特攻隊に志願した父が 教育にだまされた」と語るのを聞いて育ち、君が代は歌わないと決めた。国歌斉唱が導入された2000年度以降不起立を貫いてきた。
だが橋下知事が不起立の教員を免職することも辞さない姿勢を打ち出すと、「私はもはや少数派かもしれないが、いろいろな考えがある中で、強制するというのはそもそも教育なのだろうか。ただ黙っていることはできません」と話した。記事元から抜粋
誰しも職業の選択の自由はある。彼は教師になる事を強制されたのではないだろう。彼が自分で教師を選択した時点で、過去の経験から学校儀式で国歌斉唱のあることは十分想像できたはずだ。知人に身内を交通事故で亡くし、自ら運転は止めた人がいた(しばらくして抵抗感が薄れたので運転は再開したが)。そんなトラウマを抱えた人がバスの運転手やタクシー運転手の職に就くだろうか?恐らく避けるだろう。もし、就職していれば退職したのではと想像できる。タクシー会社にしがみついて、「私に運転を強要するのは違法だ」と言っても通じないだろう。
強制が教育かと言えば、ある程度そうだろう。数学では九九を覚えろと強制され。体操では、全員同じ動作を強制される。しなければ協調性が無いとして評価されず、社会に出れば法律や規則を守る事が強制され、従わなければ罰金や罰が科せられ、社会人として再教育が必要だろう。こんな道理が分からないとしたら、そもそも教師には不適格だったのではないか?我慢できなければ会社を変えればいいだけで、ただし、そこの会社に社歌があれば、歌う事は強制されるだろう。特攻隊を産み出した当時の社会状況を疎(うと)ましく思うのは皆同じだが、その当時、舞台装置として利用された国歌や軍歌、桜の花に個人の思いで文句を言っても、それはかなり個人的な八つ当たりでしかなく、違う時代に、生い立ちの違う他人に理解も求めても無理がある。そもそも、明治から昭和にかけて、子供に皇国史観や軍国主義を教え込んだのは学校であり、彼が言行一致を求めるなら、教職は避けるべき職業だったのではないのか?それでも望んで教師になったのなら、するべきはネガティブな反発ではなく、教壇で平和の大事さを説く事ではないか。そのことが今の憲法にも、教科書にも反映されていることは多くの国民がすでに認めている。
福島原発でのメルトダウンはどこでも発生する恐れがあるとの抗議活動を背景に、欧州ではまずドイツが脱原発を打ち出しており、スイスは2番目。スイスの ロイトハルトDoris Leuthard・エネルギー相はベルンでの記者会見で、「政府は原発の段階的廃止を決めた。確実で自立的なエネルギー供給を確立したいからだ」とし、「福島 の事故は原発のリスクが高すぎること、そしてこれが原発のコストを高めることを示した」と強調した。写真はスイスのミュールベルグ原発。参照記事
左の写真で、右がドイツのメルケル首相、左がスイスのロイトハルトDoris Leuthard・エネルギー相。脱原発の主人公は二人とも女性だった。スイスには5基の原子炉があり、その発電量は全体の約40%を占めている。残りはアルプス山中や河川に設けられた1000カ所以上の水力発電で賄ってい る。同エネルギー相は、完全な脱原発をいつ達成するのかはまだ決まっていないとしているが、専門家らは2040年ごろに実現できるのではないかと見てい る。5基の原発の運転許可は2020~40年に期限を迎える。今後、政府の決定が最終的なものになるまでに議会での審議が行われ、また、同エネルギー相によれば、国民投票も実施される可能性があるという。当然反対もあって、1000以上の企業の団体であるスイス機械・電気工学連盟(スイスメム)は、政府決定は「原子力に代われるものがないため、問題がある」と批判、経済団体のエコノミースイスは、決定は同国経済に打撃を与え、雇用を危険にさらすことになると警告した。
2011年5月24日の記事に、 スイスSwiss Federal Laboratories for Material Science and Technology(EMPA:スイス連邦材料試験研究所)は、フレキシブルな樹脂基板を用いたCIGS型の太陽電池(右)で、セル変換効率18.7%を達成したと発表。測定値は、ドイツFraunhofer Institute for Solar Energy Systemsが認定した。スイスFlisom社との共同開発だという報道があった。スイスは国策でソーラー発電に取り組むようだ。参照記事 資料:東日本大震災以降の 原子力政策に関する国際動向
2011年5月25日、日本の首相がOECDで 太陽光発電のコスト、2030年には6分の1に低減、1000万戸へソーラーパネルと表明と在る。具体性が無く、「空(から)発電」に終わらなければいいが、、。
2011年4月:革新的な新型太陽電池「量子ドット太陽電池」が注目を集めている。東大とシャープが現在20%程度にとどまっている太陽電池の変換効率(太陽の光エネルギーを電気エネルギーに変換した際の変換割合)を、75%以上にできる「量子ドット太陽電池」の構造を突き止めたとのこと。これまでも量子ドット太陽電池は理論上63%の変換効率を得られると言われ注目を集めていましたが、今回の研究ではさらに高い変換効率が期待できると発表されました。参照記事 参照記事
2011年5月29日:現在実用化に入り、将来が有望視されているのは薄膜太陽電池で 日本ではシャープが先行していますが、三洋なども製品化に入っているようです。すでにシャープはイタリーに合弁工場を設けています。この薄膜タイプについては、米国の実用化が2007年とかなり早く、すでにドイツなどへの納品実績があります。このアメリカのベンチャー企業Nanosolar社の製造コストは破格で、現在1Wあたり1ドル35セントだが、今年2011年中に$1.00を切る様にし、2012年末には$0.80の下の方か$0.70の上の方にし、2013年には$0.60台に、2014年には$0.60以下にするという。
現在世界最高の生産コストを誇るのは米国のファースト・ソーラー社 First Solarで、2014年には1Wあたり63セント~52セントを目指している。この会社はすでにカリフォルニア州に米国で最大規模の発電プラントを持っている。(写真上)
現在世界で200以上の会社がソーラーを手がけているが、2009年クリスチャン・サイエンス・モニターは、今後生き残る可能性の高い企業として、以下の4社を挙げている。
(1)米国 First Solar Inc. (2)米国 SunPower Corp. (3)日本 シャープ
(4)中国 SunTech Power HOloding Co. LTD 参照記事
岡山大埋蔵文化財調査研究センターは2011年5月26日、医学部構内にある鹿田遺跡(岡山市)で、ネコの頭部をかたどった木製の操り人形が出土していた。平安時代後期にあたる11世紀中ごろのものとみられ、これまでに確認された動物の操り人形では最古という。ネコの頭部は長さ、幅とも約6センチ。加工された目や鼻の跡が残っていた。これまでは同遺跡で見つかった14世紀のサルが最古だった。、、「傀儡(くぐつ)」と呼ばれた芸能集団が使っていた可能性が高いという。獅子舞のようにネコの頭に布や毛皮をつけ、空洞に通した棒を手で持って操ったらしい。(記事元:共同)上の右の出土品に分かりやすく目鼻耳のラインを書き込んだのが左。右のカラーの絵は、江戸時代の「山猫まわし」の図。*山猫廻しの語源は、毛皮でこしらえた鼬(イタチ)の人形を操ったのが猫に間違われたからとか、道端の子供らに「ヤンマンネッコ(山猫)にカンマンショ(噛ましょ:噛ませよう、噛ませてやろ)」と歌って戯れたからだといわれている。参照記事参照記事
ネコは昔から人気者だったんですね。上の共同の記事には「傀儡(くぐつ)」と在りますが、探した江戸後期の下の絵には「くわいらい=かいらい}とルビが振って在りますから、どちらも正しいのでしょう。右は、江戸時代初期の「洛中洛外図屏風/部分」(16世紀の狩野 永徳の作品)に出てくる、当時村々を廻り、首から提げた箱の上で人形を遣い、即興的な劇を演じたりした傀儡子(くぐつまわし)の絵。兵庫県西宮市産所町10には、史跡傀儡師故阯(かいらいし・または、くぐつしこせき)が在り、この附近は昔産所といわれた所で1690年頃には40軒程の傀儡師が住んでい た。傀儡師は遠く平安末期に現われ傀儡子・木偶まわし・人形まわしなどと呼ばれ諸地方を巡回興行していたが、室町時代にはいると、その一部がこの産所に住 みつき、西宮神社の雑役奉仕のかたわら神社のお札を持って諸国をめぐりお得意の人形を踊らせながらご神徳をひろめた。1590年頃にはその人形芸が「えびすかき」又は「えびすまわし」といわれて全国的に知られるとうになり、たびたび京都の宮廷で天覧を受けるまでにもなった。さらにその後発展して淡路の人形座や文楽人形浄瑠璃芝居へと成長していった。しかし1850年頃から彼らはおいおいこの地からなぜか姿を消してしまった。、、。
という記述があります。この歴史記述で使っているのが左の図で、『摂津名所図会』西宮傀儡師(かいらいし)の図(18世紀)とあり、江戸時代のもののようですが、拡大して、よく見ればズバリ猫を操っているようです。箱の中も猫の人形のようで、尻尾も出ていますから間違い無いでしょう。という事で、資料を追っていたら、この右下の絵にたどり着きました。ここのブログの調べでは、何とこの猫の操り人形は、「傀儡師」(かいらいし)や「山猫まわし」の手によって、少なくても11世紀から18世紀まで活躍したという事になります。
3月に母親が亡くなって、妹と何とか葬式を済ませた数日後に東北の大地震。「これは大変なことになったな」と、、浮かんだのは不景気になるだろうと言う事。それでなくても仕事量が少ない昨今、どうなるやらと。そんな時、現場でちょっと足場から飛び降りた弾みに腰をひねった。強烈な痛みが、、。完璧な「ぎっくり腰」で、それから約2週間、ひたすら寝ているだけで起きる事も出来ない。喜んでいたのは、フーとミーのネコ二匹。毎日お父さんが家にいるのでご機嫌で、痛い腰の上でプロレスごっこ!
なんとか湿布と安静で乗り越えたが、今度は胸が痛い。
左胸がちくちくする。「肺がん?、、。」タバコ吸いなら誰しも思うこと、、。あわてて医者に行き、心電図やレントゲン、ついでに健康診断までしたが、結果は異常なし。
先生いわく、肋間神経痛ではと。思い当たるのは、腰が痛いので、ずっとうつ伏せで寝ていたので、かなり肋骨を圧迫していた。
それも安静にしていたら何とか直ったが、今度は目に来て、いよいよ字が読みづらくなった。そろそろめがねのレンズを入れ替えようと、めがね店へ。それも終わって車を運転していたら、バッテリーのランプが付きっぱなしで、今にも止まりそうな状態になった。すでに30万キロを超えた愛車のゴルフ。もう寿命かなとあれこれ調べると、オルタネーター(モーター発電機)の故障らしい。高年式でもう部品は生産していない。せっかくクラッチも交換したのに残念、廃車かと知り合いに相談したら、なんと再生品のモーターが1台見つかった。現在交換作業待ち。
次から次へと、、と思っていたら、今度は奥歯が痛み出した。「やれやれ、今度は歯か」と、現在治療に通う毎日。そんなこんなで、東京へ行く予定も立たない。もしこれを読んでいたら「許してチョンマゲ!」
ナヤリット州は悪名高い 逃走中の麻薬組織の大ボスJoaquin “Shorty” Guzmanが率いるシナロアカルテル Sinaloa cartelのナワバリで、シナロアと対抗組織セタスの抗争事件と見られ、その日早くに起きたセタス(?)による誘拐事件が原因と言われている。同じ日に、現場から60km離れた場所で軍と組織との銃撃伝戦があり男女2名が死亡している。
最近、近くのラ・ファミリアの拠点ミチョアカン州state of Michoacanでも大規模な抗争事件が起き、8つの村の住民約1000人が避難する騒ぎになった。一連の抗争から、メキシコ北部大西洋岸のセタスが内陸部、太平洋岸のナヤリット州、ミチョアカン州、ザカテカス州にまで活発に進出して来ているようだ。参照記事 YOUTUBE映像 過去ブログ:シナロア・カルテル、コスタリカに拠点 セタス グアテマラに:メキシコ麻薬カルテル勢力分布図 2010 後期~Drug Cartel in MEXICO
福岡県筑豊の炭坑画家、山本作兵衛(1892~1984年)の原画などがユネスコの「世界記憶遺産」(MOW)に国内で初めて登録されることにな り、作兵衛の地元・同県田川市は2011年5月26日、喜びで沸いた。かつて炭鉱の街として栄えた筑豊の住民たちは「日本を支えてきたのは石炭であり、炭鉱」と改めて胸 を張った。
98年に作兵衛の記録画を収めた「筑豊炭坑絵物語」を編集した市教委教育総務課の課長補佐、森本弘行さん(52)は「(作兵衛は)後世に残したい一念で絵を描き始めたので、天国でもきっと喜んでいるでしょう」と満面の笑みを見せた。参照記事より抜粋 紹介サイト、ギャラリー 紹介ニュース映像YOUTUBE
右は、上半身裸の男女が寝ながら採炭する様子を描いた「寝掘り」(64年)=田川市石炭・歴史博物館所蔵。2009年に公開された映画「炭鉱(ヤマ)に生きる」の予告編ムービー
酒とばくちの炭鉱では、左の絵のような立ち回りもあったようです。お互い日本刀で切りあっています。絵の題名は不明。お酒をちびりちびりやりながら、余生をひたすら無欲に絵を描くことで費やし、残した絵が600枚ほど。ユネスコの「世界記憶遺産」になるとは、本人も想像さえしていなかったでしょう。すでに登録されているものでは「アンネの日記」や「ゲーテ」の作品があるそうです。過去ブログ:アンネ・フランクの唯一の動画とその最後
何とそんなことを可能にするキットが販売されているという。考案したのはデザイナーのJack Zylkinさんで、専用サイトはこちら。タイプライターの機種によってこのキット(USB Typewriter conversion kit :USB変換キット、専用タイプライター込みのようです)の値段は699ドル~899ドルと幅が在る様です。また、手持ちのタイプライターの裏に取り付ける自作基盤キットも販売していて、こちらは74ドル(6000円)。接続はパソコンのUSBへつなぐだけで、使っている様子のYOUTUBE映像 、下の写真はノートパソコンと連動している写真で、右の写真のように裏にはこんな配線基盤が取り付けされています。
これを新しい発明といっていいのかどうか、でも、間違いなく楽しい発明では有りますね。年配の方には、今のキーボードには馴染めないが、昔のタイプライターなら得意と言う人もいるでしょう。自分は、どっちも中途半端で、、。
意外にも全身の発見は初めてだそうだ。左は中国遼寧省熱河層から見つかった1億2500万年前のクワガタ化石だが、ほとんど形状が変わっていない。甲虫の化石は意外と残りにくいようだが、ドイツの有名な化石発掘場メッセル Messel Pitからは、5000万年前の玉虫の色が残った化石が発見されている。しかし、これは例外中の例外らしい。
人類の、今の体形が確認できるのは、大きくさかのぼっても500万年前ほどですから、昆虫は地球では大先輩で、その姿は人類よりはるか太古の昔にすでに完成していたようです。過去ブログ:人類の320万年前の完全な二足歩行確認される。