2011年03月
各国がすでに福島原発からの放射能の拡散の様子をシミュレーションしている。フランス気象庁:YOUTUBE 、アメリカではTheNewyorkTimesのものが公開されていて、PLayで拡散の様子が分かる。これで行けば、微量ながら3月18日
には米国西海岸に到達している。それの画像が右側。災害発生時に、偏西風で10日後には米国西海岸に到達すると計算されていたので計算より速いようだ。幸い高濃度放射能の大気への拡散は起きていないが、世界が神経質になるのは福島県がちょうど偏西風の通り道にあるからだ。同じ理由で米国は北朝鮮の核爆弾、核実験に非常に敏感だ。左が今3月中旬の偏西風の流れで、現在は東へ流れている。世界はこれと同じ偏西風の流れを見ながら不安を感じている。今はほとんど人体に無害な量が東方海上に流れている。しかし梅雨の時期になると海から日本の内陸に風が吹き、一部は雨となって地上に降りそそぐ。もしその時も放射能を放出していれば農作物に甚大な被害の及ぶ事が予想できる。1日も早い事態の収束と、一刻も早く世界に安心を与えられる日の来る事を、、。警察庁によると、2011年3月20日正午現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は 8133人に上った。家族や知人から届け出があり、依然行方が分かっていないのは 1万2272人で、死者と行方不明者は合わせて2万人を超え、2万405人になった。重軽傷者は18都道県で計2612人。 日本の放射能濃度地域別 :最新資料映像;青森県上北郡おいらせ町の津波の様子
2011年3月24日:大気中の放射性物質を観測する包括的核実験禁止条約(CTBT)機構準備委員会
(本部ウィーン)は24日、共同通信に対し、福島第1原発から放出され、既に 太平洋上から米国、欧州に達した放射性物質は今後2~3週間で世界を一周する との見通しを示した。量は極めてわずかで、人体への影響はないという。

日本人社員、20人の中国人研修生を助けて避難させた後、津波に呑み込まれて行方不明
2011年03月16日 11:12:48 新華社記者 馬傑 劉華 新華社原文 同内容の参照記事 左は佐藤専務、2000年大連に行ったときのもの:中国紙より 日本語参照記事
「地元の人々の助けがなければ、私たちはとっくに死んでいたでしょう」。中国・大連出身の研修生・衣亜男さんとその仲間は宮城県牡鹿郡女川町で目に涙をためながらこう語った。
女川町は今回の大地震で人口約1万人のうち半数以上が今も行方不明。町内は一面の廃墟と化し、海岸線にはいくつも の遺体が打ち寄せられた。鉄道車両は津波で真っ二つとなり、レールから数十メートル離れた山に打ち付けられた。これほど深刻な被害を受けた女川町で約 100人の中国人研修生が難を逃れることができた。多くの人は地元の人の助けにより九死に一生を得たという。
地震発生時、地面が激しく揺れた。佐藤水産株式会社の中国人研修生20人は宿舎付近の高台に避難した。まもなく、 同社の佐藤充専務が「津波が来たぞ!」と叫びながら走って来て、彼女たちを連れてさらに高い場所にある神社へと避難した。研修生を避難させた後、佐藤専務 は妻と娘を探すため宿舎に戻った。しかし、宿舎はまもなく津波に呑まれ、佐藤専務はそれっきり戻ることは無かったという。
衣亜男さんは涙に咽びながら「佐藤専務は逃げ道がなくなり、屋上で右往左往しているうちに水に巻き込まれてしまい ました。何度かは持ちこたえましたが、すぐに見えなくなってしまったのです」と語った。研修生の張軍燕さんがデジタルカメラで撮影した映像には、命の恩人 である佐藤さんが津波に呑まれるのを、「早く逃げて!」と泣き叫びながら見守るしかない女の子たちの姿が記録されていた。張軍燕さんによると、佐藤専務の 妻と娘もまだ行方不明のままだという。(左は映像から、屋根の専務が写っている)
災害当日の夜は大雪となり、研修生たちは行き場が無かった。佐藤専務の兄、佐藤水産の佐藤仁社長は家族を失った悲 しみに負けず、山の上に住む友人の家を一晩中かけて探し、そこに研究生を避難させてくれた。佐藤水産の研修生管理を担当する杜華さんは「地震の翌日、佐藤 社長は私を見て『杜華、20人全員助かったぞ!』と言いました」と語る。映像YOUTUBE
岡青株式会社の社長と部長も中国人研修生を助けてくれたという。彼らは地震後すぐに車で5人の研修生を付近の山に 運んだ。大連出身の曹晶さんは「その夜、社長は私たちを山頂の温泉旅館に避難させてくれました。彼らはその時、自分のお子さんすら見つかっていなかったの です」と述べる。状況が安定した後、彼女たちは現地で最大の避難所に連れて行かれ、数十人の中国人の仲間と合流したという。
避難所では、彼らは1日に2食から3食の食事が保証されている。情報が広まるに伴い、ますます多くの救援車両が到着し、補給も次第に足りてきた。曹晶さんは「皆さんの助けが無ければ私たちは一体どうなっていたことか。想像することもできません」と述べる。時間との戦いとなる避難の中、地元の人々は全ての命を同様に扱い、尊重してくれた。研修生たちはこのことを一生忘れないだろう。
こういう方は恐らく被災地のあちこちに居られただろう。心からご冥福をお祈りする。現在も命がけで復旧をされている方も多いが、この災害の悲惨さを思えば、酷な言い方だが、関係公務員などがTVなどでめそめそしてほしくないと言うのが本音だ。数万人が押し流され、数十万人が家も職も失っている。関係官庁の方にはTVで「早く休みたい」など、思っても言わないでもらいたい。今回の大災害の被災者の中には将来に絶望している方も多いと想像する。すでに海外では、Fukushima50と呼ばれる作業員から死亡者が出ているとの報道もある。この災害も突き詰めて行けば、関係官庁の積極的な防災意識や、それに関する連携協議の不足が被害を大きくした可能性もある。亡くなった多くの人に対して、残念だが今はどんな弱音も吐いてはならない時期だろう。人的被害は確定できていないが、米国ゴールドマンサックスGoldman Sachs は3月18日、この災害の被害額The cost of disaster を約16兆円$200bn(1ドル80円計算で)と計算している。
2011年3月18日、カダフィ側は国連に対し停戦を表明し、紛争は落ち着くかに見えた。しかし、依然として空爆をやめないカダフィ軍に対し、現地時間3月19日、国連安保理は飛行禁止区域の設定と同時に、英仏米、イタリー、カナダ、欧米各国とアフリカ諸国が、決定を無視するリビアに対し攻撃を開始した。これによりリビア国内の反政府紛争は正式に国際戦争になり、日本時間20日時点で英米は巡航ミサイル Tomahawk(右下)を、沿
岸部のカダフィ側防空施設20箇所以上へ、少なくても110発撃ち込み、フランス空軍のラファール戦闘機Rafale fighter plane(左下)20機による攻撃が始まった。ここで心配なのはカダフィ側が持っているといわれる、毒ガスなどの化学兵器だ。「砂漠の狂犬」カダフィが何をしでかすのか、、。
右は薄い赤い色が「飛行禁止区域 No-fly zone」で、英国海軍、空軍の配備状況を図解している。これは、リビアの石油、天然ガスに依存する欧米の資源戦争といってもいいだろう。オバマ大統領は攻撃を「限定的攻撃行動:"limited military action."」と表現し、全面的な軍事行動ではなく、リビアの反応を見ながらの作戦のようだ。現在まだアフガンに10万人を投入している米軍の、リビアへの地上軍投入は無いだろうと言われ、外交努力を続けるようだ。参照記事 関連過去ブログ:2011年2月~アフリカ、中近東、反体制運動➁
東京電力福島第1原発の事故で、ハイパーレスキュー隊など東京消防庁の緊急消防援助隊が 2011年3月19日午後1時半から20日午前0時半まで、冷却機能を失った第1原発3号機に向け特殊消防車を使って放水を行う。 放水作業は給水にかかる時間も合わせ、連続7時間を予定している。
福島第一の三号機は使用済み核燃料から取り出した、半減期が二万四千年といわれるプルトニウム239を再利用するプルサーマル型核燃料を使用している( MOX:モックス燃料)。この酸化物の粉塵は吸入すると肺に沈着しやすく極めて有害。原子爆弾の材料にも用いられる。
地震発後の先週11日付の米紙「ニューヨークタイムズ」は、いち早く「日本の原発の中にはMOX燃料を使用してい るものがある。今回の原子炉がこのタイプであれば、放出する蒸気はより有害なものになる可能性がある」と指摘していた。 MOX燃料は通常のウラン燃料と比べ、放射能、とくに中性子が著しく高く、ウラン燃料より危険度ははるかに高いといわれている。中性子は金属やコンクリートでも簡単に通り抜ける。写真は3月18日3号機 参照記事 参照記事:MOXの毒性について:3号炉のプルトニウムの毒性武田邦彦
今3号機に集中するのは、ここに燃料棒514本のうち、約3分の一に人体に対しウラン燃料より危険性、毒性(アクチニド:Actinide、アクチナイドとも)の高いと言われるプルサーマル型燃料が使用されているからだ。MOX燃料はまた、温度が高くなりやすく、従来から冷却機能が不全となるような事故の際に、問題となる可能性が指摘されてきた。まさにそれが現実になった。日本各地で進んでいるプルサーマル型燃料導入が再検討されるだろう。現在の報道では、恐らく報道規制があるのだろう、一切この件には触れていない。関連過去ブログ:この大災害は予想できなかったか? 参考資料;全国の放射線量 フランス制作の放射能の拡散の様子Youtube
ほかに福島原発から放出されると思われる汚染物質にはヨウ素131とセシウム137がある。半減期はヨウ素131が8日間、セシウム137は30年だ。半減期とは 放射性元素が崩壊し、元の数から半減するのに要する時間のこと。通常、放射性元素の危険性が残る期間は、半減期の10倍とされる。
放射性ヨウ素とセシウムは発がん物質で、大気中や飲料水から直接体内に取り込まれても、食物連鎖を通じて間接的に摂取されても健康に脅威となる。放射性ヨウ素は非常に揮発性が高く、大気に拡散しやすい。水源が汚染されたり、穀物や葉物野菜などに付着してそれが家畜や人間の体内に取り込まれたりすると危険だ。ヨウ素131の半減期は8日なので、数か月のうちに完全に崩壊する。参照記事
仕事の関係で、車は2台乗っていますが、愛車の古いほうの1991年フォルクスワーゲンディーゼル1600CCが2011年3月18日めでたく?30万キロを走行しました。思い出の多い車で、幾度もあちこち破損したり、部品の交換はしていますが、走行中の致命的なトラブルは一度もありません。何よりも、硬めのシートが腰痛気味の腰を守ってくれて、3~4時間連続運転しても腰を痛めません。未だに長距離ならリッター20キロは走ります。音はうるさく、マニュアルで、もう部品の調達も難しくなりつつありますが、果たしていつまで走るのやら、、。
仕事柄、直して大事に使うのは心がけていますが、こういう車を知っているエンジニアは少なくなりました。若い人はこの車を知ら無くて直せない。少し知っているメカニックでも、知ったか振りばかりで、このエンジンを触れない。車を治すメカニックから「もう廃車にしなさいよ」という言葉が出るのは残念ですね。分野は違っても、同じ技術者として三流だと思いますよ。もう日本からは、大量消費の車は出てきても、よい車は出てこないだろうなと思う昨今です。ここ数年、同じディーゼル車を見たことがないので、最後の現役の車かもしれません。右は、30万キロ直後の給油中の愛車。雪解けでかなり汚れています。今日は洗車でもしてやりましょう。
地震、津波被害に続く放射性物質への恐怖という三重の苦境に立たされた南相馬市(左)の桜井勝延市長(54)は17日、避難を希望する市民のうち約1600人を新潟、群馬両県に移送することを決断した。18日午前と午後の2回に分け、バス43台で避難させる。桜井市長は、屋内退避の対象となって、同市が「放射能に汚染された地区」と誤解され、食料や燃料などの物資が入ってこない上、福島原発が予断を許さない状況が続いていることから、移送を決めた。南相馬市幹部は17日夜、「原発に関して県に判断を仰いでも、黙っているばかり。新潟県が『いくらでも引き受けますよ』と言ってくれたことが、市長の背中を押した」と述べた。参照記事桜井市長によると大震災による市内の死者・行方不明者は1000人以上。地震翌日の12日、福島第1原発1号機が爆発。事故の一報を聞き「なぜだ」と 思った。地震が起きても津波がきても、冷却装置は大丈夫だと東京電力が力説していたからだ。その後も3号機の爆発、2号機の核燃料全露出などが続 く。市長は「海水を入れると廃炉になる。1号機の事故の後、ほかの炉にも海水を入れて、冷却するべきだった。1号機以降の事故は人災だ」と話した。 参照記事
福島原発1号機爆発後の東電の対応の不手際、政府の状況把握のもたつき、世界各国への原発崩壊の説明不足などがすでに各国から指摘されている。さらには、原発自体に欠陥のあったことも表面化している。過去ブログ:この大災害は予想できなかったか?
上記の南相馬市長(右)は英国BBCのインタビューに対し、「彼らは住民を死のふちに放置した。‘They are leaving us to die,」と、ストレートな表現で国や行政への不満を表している。原発から19キロの場所にある南相馬市には避難勧告が出されると同時に屋内に退避するようにも指示された(3月16日)。市長は、国が原発に対して放水を決めたことで「住民の生命を軽視している」(*注:一般的に海水の注入は廃炉という原発の放棄を意味する。燃料の冷却には真水を使用し、その水の冷却には冷却系に海水を引き込んで熱交換で水を冷却するので、普通は水と海水は混じらない。)と政府を非難し、国は、最初の爆発に際し何の説明もせず、我々は事実をTVで知ったとBBCに語る。市の病院スタッフは、危険を承知で患者とともに危険区域にとどまっている。BBCは、南相馬が第二のチェルノブイリにならないためには、もう48時間しか時間が無いと書いている。参照記事 :動画南相馬市今国が行っているのは、如何に施設の破損を回避し、放射能が世界に拡散するのを防ぐかという最終手段と見ていいだろう。これを知ったドイツなど国際救援隊は、情報開示の不備を理由にすでに帰国した。
右は入手できる日本の活断層と地殻プレートの位置関係 参照資料 に加筆したもの。あくまでも公表された資料の比較でしかないが、今回の震源地(赤丸)’北緯38.1度、東経142.9度、深度10Km、沖合い130km付近)はプレートの境界面よりかなり内陸寄りのように見える。その辺には赤で表示した活断層という、地殻の亀裂が無数にあるが、気象庁や地震学者は、最新の計測データをもってしてもこの辺のひずみや異常を察知できなかったという事か。例によって、想定外だったとの学者の発言が多いが、地震の規模は別として、この付近での大地震は素人目には想定できたように見える。これだけの地殻変動に、予兆が無かったと考えるほうが不自然ではないか?もし想定外が在ったとすれば、活断層でも震度7以上の大地震が起きるという事ではないだろうか。沖合いの太平洋プレート、北米プレート境界面部分が震源だったとしても、これだけ観測されている場所の異常が把握できなかった事の説明は、まだ誰もしていない。以上はあくまでも素人の考えだが、、。こんな事から、日本海側の原発も、活断層の多い非常に危険な位置にあることになる。素人の勝手な言い分だが、国民としては、これだけのことが起きれば、文句のひとつも言いたくなる。何の予防にもならない学者や識者の事後分析が虚しい。注意すら出せなかった無能な関係機関へ、そろそろメスを入れてもいいだろう。少なくても、8.9の大地震を観測した直後の津波の予想高さは、無責任といえるほど計算が甘かった。(上の震源地は、現在震度9といわれている地震の、公表された北緯、東経から描き込んだ大よその位置です)今回の地震の前日、3月10日の記事より抜粋 :*ここを震源とした大地震は「宮城県沖地震」と呼ばれ、過去に約25~40年周期で繰り返し発生してきた。最近では昭和53年に多数の死傷者を出したマグニチュード(M)7・4の大地震が起きている。 宮城県沖地震は、政府の地震調査委員会が「今後30年以内に99%の確率で起きる」と想定している。地震調査委員会委員長の阿部勝征・東大名誉教授は「プレート境界という点では共通しているが、想定されている震源よりも約100キロ東に離れている」と指 摘。また、東大地震研究所の纐(こう)纈(けつ)一起教授は「宮城県沖地震の想定はM7・5だが、今回の地震のエネルギーはその半分で、それほど大きくな い」と話す。 一方、今回の震源周辺では、2月にM5級の地震が4回発生しており、今回の地震の予兆ではなかったかとの声もある。参照記事 参照記事
学者の見解というのは時には腹立たしい。学者は地震をエネルギーの側面でしか考えず、津波の発生にはまったく言及していない。99%までの、確実とも言える大地震の発生に対して十分な警戒はされていたのか?計画停電にしても、まずすべきは、パチンコなど大型遊技場などの施設で、一般停電では商店は閉店し、人々は閉店前の買いだめに走る。直接国民生活に影響の無い部分から節電するという、素人判断がなぜ通じないのか不思議な危機管理だ。
判明した原発事故の流れ:単純に事故の流れをまとめると地 震発生>自動的に原発運転停止>津波発生>非常電源用燃料タンク、施設破損>非常電源使用不可能>冷却水送水、電気的操作不可能>高温な炉心露出>水素爆 発 となった。すべては非常電源施設、燃料タンクが、津波を想定した構造、位置に設置されていなかった事によるもののようだ。この、津波に対しての無防備さは今後問題になるだろう。誰ひとり津波の危険を予想せず、写真のような場所に重要施設を設けたことは、犯罪的ですらある。
右赤丸は福島原発の津波の被害を受けたと思われる場所で、この位置では、見た目にも容易に高波の被害を受けるだろうと想像できる。こんな位置に、非常電源施設、その燃料タンクがあった為、津波後、緊急炉心冷却装置(ECCS)に肝心な電力が送れないという致命的な問題が発生したのが全ての原因のようだ。下の写真の右が津波被害前、左が津波被害で施設が無くなった状態。参照記事


参照記事:原発の耐震性に問題(武田邦彦) :参照記事:原発がどんなものか(平井憲夫)
2011年3月16日:16日も原発からは白煙が上がっているが、その場所がどこかの確認も出来ない状態で、確認したのはNHKだった。政府は、原子力安全・保安院(参照記事:保安院という化け物)の職員らを福島第1原発からおよそ5キロのところにある「オフサイトセンター」で待機させていたが、15日午前、第1原発からおよそ50キロ離れた郡山市まで退避させた。、、住民には30km以上の退避をさせ、原発運営のトップに君臨する経済産業省の特別機関:原子力安全・保安院職員はすでに50kmも先に避難している。これではもう迅速な現場の把握は出来ないだろう。平たく言えば、所詮、天下りの無能、無責任集団でしかないという事か、、。写真右:保安院職員。すでに2号機の水蒸気圧力は設計圧力を超えているとの指摘もあり、50km圏内からの避難の必要性も言われている。下は2011年3月16日 3号機から白煙が出ている。
2011年3月16日:原発事故は人災とロシア:16日付の有力紙「イズベスチヤ」は、国営原子力企業「ロスアトム」専門家の見方として、「事故直後、(東京電力は)放射性ガスを大気中に放出してでも、即座に原子炉を水で浸さねばならなかった。最悪の事態を避けられると期待し、対応が遅れた」と伝えた。露独占事業研究所の研究員は、「2004年のスマトラ島沖地震など強大な地震が起きたのに、事業者は、原子炉だけでなく冷却装置など関連施設の強化を怠った」と地元紙に述べた。、つまり、、東電は燃料棒が露出し高熱を出す前に、即座に水を注入すべきだったし、それができたはずだと指摘し、津波対策の不備は安全対策の手落ちだと言っている。地震直後原発は自動停止したが、その後の対応に時間が浪費され、高熱な燃料棒の露出を招き、水蒸気爆発、水素爆発にいたったと世界は見ている。いずれ、これは防げた事故だとの意見が世界から出てくるだろう。政府から研究費をもらっている、日本の学者は言わないだろうが。2011年3月17日: 米国も非常電源の危険を指摘していた:東日本大震災で東京電力福島第一原発に起きた事故について、20年前に警鐘を鳴らしていたリポートがある。 米国の原子力規制委員会(NRC)による「NUREG-1150」だ。それによると、地震発生時に炉心溶融につながる事故の例として、 原子炉を冷却するため水を外部からくみ上げるポンプを動かす非常用ディーゼル発電機の破損や停電、 貯水タンクの故障などによる冷却機能不全が高い確率で起こると指摘していた。 参照記事
2011年3月17日:米国は緊急発電用ガスタービンを用意:東日本大地震で被災した福島第一原子力発電所の1号機と2号機を製造したアメリカの「ゼネラル・エレクトリック」は、原発に電気を供給するための車載型の高出力移動式の発電機を送る準備を進めている。ゼネラル・エレクトリックによると、発電機は移動式のガスタービンgas turbines10基。「東京電力」からの要請に基づいて、すでに3基がフロリダ州に到着し、空輸を待っているという。
3月15日付けの米国紙には、福島原発に米国GEから納品された原子炉についての興味深い記述がある。Dale G. Bridenbaugh ほか2名(Gregory C Minor 、 Richard B. Hubbard )の技術者は、35年前にこの the Mark 1タイプの原子炉の冷却装置に重大な欠陥のあることを見つけ、会社に指摘し、抗議の辞職をしていたようだ。内容が専門的で詳細は不明だが、この福島の原子炉は40年前に納品されたもので、それからわずか5年後には、内部で欠陥が指摘されていた事になる。彼の指摘する事は、冷却に失敗した燃料棒が過熱暴走し原子炉の破壊を招くというもので、まさしく福島で起きてい
る事と符合する。GEはそれに対して、世界中のMark1を改修する事を了解したというが、果たして日本のものは完全に修復されていたのか? 福島にある6基のうち5基が該当し、修繕がされていたとしても重大な欠陥を抱えていると彼は指摘している。もし福島で核爆発が起きた場合、10日後には放射能が米国大陸に到達する。(右上の図)日本のニュースではこれについては避けているようだが、米国では大きな問題としてABC等で取り上げられている。一連の米国の緊急支援は、こうした内情を知った上での自国への防衛策と言える。 日本語記事 参照記事 参照記事2015年5月27日:国際原子力機関(IAEA)がまとめた「東京電力福島第一原発事故の最終報告書」によると、地震や津波による原発設備への脅威についてIAEAからの勧告 があったにもかかわらず、日本の当局者は、2011年3月11日の震災で巨大な津波に何度も襲われた福島原発に対する保護を十分行ってこなかったと批判し た。国連の核監視団も、東京電力(TEPCO: 東電)や原発作業員は国際慣行に従わなかったと批判した。IAEAは2011年3月の震災に関する最終報告書のなかで、巨大地震とそれに続いて発生した津波による結果であり、2007年から2009年にかけて適 用した勧告では、福島原発を襲った、福島沖のマグニチュード8.3の地震とその後の津波を想定していたと述べた。2011年3月11日に東北沿岸を襲った マグニチュード9の地震は、その後、巨大津波を誘発し、最終的な被害総額は約3,000億ドル(約37兆円)に上った。、、参照記事 つまり、日本側の安全神話に基づく無作為の人災が被害をここまで大きくしたといえる。
書いているそばから死者が増え、もう1300人以上と報道している。当然世界のトップニュースで、右は昨日の英国のMailOnlineからで、洪水の後に火災が、、と書いてある。海外メディアは「今回の地震は2月にニュージーランド・クライストチャーチで発生した地震の30倍を超える規模」と伝え、米国地質調査局は8.9の地震が発生し、人類が地震を観測し始めた1900年以来、5番
目に大きな地震だと公表した。去年の南米チリ、今年のニュージーランド。すべて環太平洋造山帯で起きている。 不気味なのは、関東の群馬や長野当たりが震源の余震があること。東京でも相当ゆれたと友人が語っている。こ
れ以上何も起きないように、、。そして多くの犠牲者の方のご冥福をお祈りする。すでに津波Tsunamiは、ハワイ、米国西海岸に到達し、被害を出している。左は、津波の拡散する様子の図。
関連過去ブログ:環太平洋火山帯とニュージーランド大地震 NZ :写真、動画 英国紙 TheSun
2011年3月12日:福島県が、12日午後6時半から開いた原子力災害対策本部会議の中で、担当職員が午後6時25分に総理大臣官邸から指示を受け、福島第一原発と福島第二原発から半径20キロの範囲を新たに避難指示の対象にすることを求めてきたことを明らかにした。1979年3月に起きた米スリーマイル島原発事故での炉心溶融(メルトダウン)が有名だが、まだ燃料棒の甚大な破損にまではなっていないようだとされている。福島第二原発では、排気筒のタワークレーン操縦室に従業員1人が閉じ込められていたが、夕方死亡が確認された。
福島第1原発は今回の地震で、運転中だった1~3号機が自動停止。 いったんは非常用発電機が動いたが、地震から約1時間後に全て故障してしまった。 強い衝撃にも耐え、最高基準の耐震安全性を誇る非常用発電機の故障。 経済産業省原子力安全・保安院のある幹部は「万一の備えに、さらに備えた対策がうまく働かないなんて。 原発の安全対策の常識が吹っ飛んでしまった」と絶句する。東京電力の小森明生常務は「非常用電源は当初動いていたが、津波が敷地内に押し寄せ、やられてしまった」と明かす。海水にぬれたのが命取りになった。 原子力施設を崩壊させた直接のきっかけは、揺れそのものではなかった。地震で外部からの電源が断たれた際に動きだすはずの、非常用ディーゼル発電機が機能しなかったのだ。 参照記事、、一号機が40年と古いとはいえ、原因は非常用発電機の冠水による不良という初歩的なもので、電源室の防水気密の不完全と理解できる。いずれ、その起きた現象の影響の深刻さから、政治問題化するだろう。TVでは原発側がくどくど説明しているが、実に腹立たしい管理不足の何物でもないだろう。
核 燃料の冷却が出来ない理由は、厳重に保護されているはずの非常電源が海水に濡れ作動しないというなんとも初歩的な事故だ。この非常電源はディーゼルエンジ ンで、これは緊急な冷却水の供給や循環が必要な際にのみ始動すると思われる。ニュースでは、非常電源での急な加水が必要になったという、根本的な「なぜ冷 却水が減少したか?」という事に対しての説明を東電は一貫して避け、爆発やら炉心溶融など現象ばかりの説明に終始している。何かを隠している。
3月12日、福島県は12日、東京電力福島第1原発の3キロ圏内から避難してきた3人が被ばくしていたと発表した。衣服に放射性物質の汚染が見つかった。この原発事故は、
現在日本が進めている海外との原発受注にも影を落とし、トルコのユルドゥズ・エネルギー天然資源相は12日、東日本大震災による 福島第1原発の事故に言及、「トルコの原子力発電所建設計画は継続する」と述べ、 原発導入を見直す考えはないとの意向を明らかにした。 過去ブログ:国家総動員体制 成果出る。原発受注 他
3月13日:英国紙Mailonlineなどは、1万人が行方不明と報道 大きく写真付きで報道 右は、英国THeIndependent紙が日曜版紙面に出した日本支援の広告。気象庁 マグニチュードを9.0に修正。東京電力は14日から関東、東北圏で計画停電に入ると表明。国内では、死亡者は2万人を超えるとの推測が出ている。
ここまで情報が現地で不足しているのに、なぜ自家発電による非常用携帯電話アンテナが設置できないのか?衛星回線の利用は?大至急のインターネット回線の設置にも時間がかかりすぎる。すべてに非常事態の対策不備が露呈し、今進行中の対応はあまりに杜撰でしかない。政府が如何に非常時のITインフラの整備に不熱心だったかを証明している。
2011年3月14日:原発3号機で6人負傷、自衛隊員不明?
単純に事故の流れをまとめると
地震発生>自動的に原発運転停止>津波発生>非常電源用燃料タンク、施設破損>非常電源使用不可能>冷却水送水、電気的操作不可能>高温な炉心露出>水素爆発 となった。
南米チリに
住む新聞配達人Miljenko Parserisas Bukovicさんは熱狂的ジュリア・ロバーツJulia Robertsのファンだそうで、この身を彼女にささげると、全身を82の彼女の肖像のイレズミで埋め尽くした。かかった年月10年、費用は17万円(1300英ポンド)。ジュリア・ロバーツは映画「プリティー・ウーマン the Pretty Woman」で、一躍スターになりました。ファンも、ここまで来ると少し薄気味悪いような、、。 参照記事- 気仙沼 津波が気仙沼の街を飲み込むまでの一部始終 - tsunami」5:45
- 南三陸町 東北地方太平洋沖地震 早く逃げて欲しかった悔しい 3:25
- 南三陸町 志津川中学より 南三陸町を襲った津波の一部始終 tsunami Minamisanriku, Miyagi, japan
★自民党、衆議院公聴会において公述人が「原発震災」の予防策を提言したがスルー
http://www.stop-hamaoka.com/koe/ishibashi050223.html
★自民党、野党から原発の地震・津波対策への不備を指摘され改善を約束するも放置
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2010-03-01/2010030101_05_1.html
★自民党、国際原子力機関(IAEA)による日本の古い原発耐震指針への警告を無視
http://www.asahi.com/international/update/0316/TKY201103160100.html
★自民党、米原子力規制委員会(NRC)が日本の原発の冷却機能について警鐘を鳴らすが傍観
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=a.lK3UI3LjpM
★自民党、日本の原発はコスト優先で安全性を疎かにしているとの米大使館の指摘を黙殺
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032300090
★自民党、原発の地震と津波対策を問う質問主意書に「安全確保は万全」と回答
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm
★自民党、東京電力からの献金の見返りに原発の甘い耐震設計を認可
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-09-16/2007091615_01_0.html
★自民党、福島原発の定期検査の間隔を13ヶ月から最長24ヶ月に延長
http://www.47news.jp/localnews/hukushima/2008/12/post_2422.html
★自民党、原発の炉心隔壁や配管などがヒビ割れた状態での継続運転を許可
http://www.47news.jp/CN/200301/CN2003012801000340.html
★自民党、老朽原発の安全運用に不可欠な耐震実証試験を廃止し実験施設を叩き売る
http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2011/03/19134038/
★自民党、原発推進機関と安全検査機関を分離させる野党提出の法案を捻り潰す
http://www.dpj.or.jp/news/?num=11267
ボスクラスの殺害や逮捕で崩壊寸前の ラ・ファミリア・ミチョアカーナ La Familia Michoacana, に代わり、同じミチョアカン州に拠点を置く新麻薬
犯罪組織drug cartel「テンプル騎士団 Knights Templar:Los Caballeros Templarios」が結成され、その横断幕広告(右)が2011年3月10日、学校のフェンスに張り出された。この中で「テンプル騎士団」は、ラ・ファミリア同様、ミチョアカン州の住民に対し 誘拐、恐喝、窃盗などの犯罪や、他の犯罪組織の襲撃から州住民を守ると宣誓している。ラ・ファミリアの対立組織なのか、ラ・ファミリアの変質したものなのか定かではないが、ラ・ファミリアから派生した暗殺、攻撃に特化した武闘集団と考えられる。歴史上のテンプル騎士団は、キリスト教武装修道会ともいわれる一種の自警団、聖地の用心棒のようなもので、12世紀初頭のエルサレムに出現し、街やキリスト教信者の安全を守った。参照記事
ラ・ファミリアも非常にキリスト系カルト宗教的な要素持ち、外部からの侵入者殺害や敵対組織との闘争を正当化していたが、この新組織も似たような性格らしい。警察は特にコメントを出していないが、すでに情報収集はしているだろう。カルテル(犯罪組織)が壊滅すれば、すぐに別なカルテルが立ち上がる。これがメキシコでは延々と繰り返されている。これが新たな麻薬組織なら、今後麻薬犯罪組織ラ・ファミリア同様、合成麻薬密輸trafficker of methamphetaminesに関わる可能性がある。左上の写真は参考で、中世の十字軍の兵士のイラスト。当時彼らは東征し、イスラム教国と戦った。下は、メキシコ ミチョアカン州と周辺の州 過去ブログ:ラ・ファミリアの大ボス死亡 ミチョアカン州メキシコ
2011年6月21日:銃撃戦で死亡したボスNazario Moreno Gonzalez "通称:El Chayo" からラ・ファミリアLa Familia drug cartelを引き継いだ大ボス Jose de Jesus Mendez Vargas 通称 El Chango(猿の意味 50歳 右)が、メキシコ中央部 Aguascalientesでメキシコ警察の襲撃で逮捕された。ラ・ファミリアと銃撃戦11名死亡、36人逮捕 メキシコこの件について警察は、この逮捕でラ・ファミリアは壊滅に近いが、すでにラ・ファミリアのコピー組織「テンプル騎士団Knights Templar,」(ボスは元教師で
、ラ・ファミリアのカリスマ指導者だった Servando Gomez 別称 La Tuta 左
下)がミチョアカン州を拠点に活動し、強盗や強姦犯人を殺害するなどの犯罪を繰り返しているとし、ラ・ファミリアの形態はテンプル騎士団に
引き継がれたと見ている。ゴメス(あだ名は教授)の特徴は、キリスト教を組み込んだキリスト系カルト宗教的集団である事で、自分たちは住民を守るために、違法な侵入者と戦う番
人を自称し、ナワバリ内で住民に対して犯罪を行ったものを処刑している。セタスとは、ラ・ファミリアの頃から敵対関係にある。妹は医者からの電話で病院に駆けつけ、そこから「兄貴、来てもらったほうがいいと思う」と、、。
すでに車にはすべて用意して積んであり、すかさずハンドルを切り返す。一呼吸つき、フロントガラスから空を見ながら「おふくろ、もう、がんばらなくていいよ」と一人つぶやいた。
それから少したって又携帯が鳴る。妹からで、気落ちした声で「たった今亡くなったから、、。」
父親は自分が5歳のとき亡くなっている。それから女手一つ、教師の職を全うし87歳で亡くなった母は最期まで気丈だった。自分の幼い頃のお袋はしつけに厳しく、いつも叱られていた記憶しかない。食卓にひじをついては叱られ、食わず嫌いをすれば夕食は無かったし、食事中の話もしてはいけなかった。悪い事をすれば、遠慮なく長い竹のモノサシで叩かれた。当時、未熟な自分の中に、お袋から逃げたいという考えが浮かぶのに、それほど時間はかからず、実の母親に近寄り難いという後遺症はつい最近まで自分のどこかに残り、その為互いに多くを語ることも無く、話してもどこか噛み合わないまま、自分は一人でふらふらと人生という舟をこぎ続けるしかなかった。このお袋に対する畏怖にも似た感情は、14歳で受験の為遠方で一人下宿するには何のためらいも起こさなかったが、学校が休みのクリスマス、帰省列車に乗ろうと出向いた駅で自分の足をわしづかみにし、とうとう朝まで楽しそうな家庭の窓辺の灯りを見ながら歩き通し、下宿に帰った事もあった。お袋よ、自分は後年亡き父親の日記等を読んで気が付いたが、自分には、絵が好きで、情緒に敏感でやさしく、自分を突き詰める性格の父親の遺伝子がしっかりと残されている。それに気が付いて自ら外国行きを決断した。その時まだ十代で、一人で働きながら学校へ行き、生きていくのは並大抵ではなかった。心身ともに強くなったと思い7年後帰国はしたが、残念だが、自分の中にあるトラウマは癒えていなかった。
そのお袋は、死後のすべてを自分で段取りし、身内だけの、読経も僧侶もいないひっそりとした家族葬が希望だった。それは、自分の身内以外には、自分の身重の事さえ知らせない徹底ぶりで、すべては「皆に余計な心配を掛けたくない」というお袋の想いからだった。お袋が指定した墓にはすでにお袋によって「永代供養」が手配されていて、これも「お前たちには迷惑かけないからね、、」と言ったお袋の、自分の墓は自分で守るというお袋の究極の配慮がされていた。
亡くなった8日、夕方前には、お袋は長年住みなれた家に、冷たくなって戻ってきた。夕方には長男(自分)妹、身内数人が集まり、すでに翌日12時半に納棺、14時には火葬場へ向かう予定が
立っていた。この異例の早さも、お袋が病院で言った「簡単にさっさと済ませなさい」という言葉に沿ったものだった。一人で座敷に横たわるお袋を眺めていた。来訪者も電話も無い静かな中で、久しぶりに見るお袋の身の回りの物を眺めていた。あわただしく急に入院した割にはきれいに整頓されている。それはまるで、最後まで不肖な息子に言いたい愚痴ひとつ言わず、きれいに身辺を整え、ごみひとつ、遺言以外、一文ひとつ残さず逝ったお袋の最後と同じように見える。覚悟して逝ったむくろの前で、時が止まれとも、時よ戻れとも思わないが、時が打ち消す人生の何とはかなく短い事か、、。そのはかなさの中で、人は泳ぎ続けるしかないのだが。
もう数十年は使っているだろう愛用の三面鏡の上に、直前まで読んでいただろう本が数冊と老眼鏡が置いてある。愛読していた文藝春秋と小説2冊。一冊は瀬戸内寂聴の「生き方見本」そして、「母~オモニ」という 姜尚中カン・サンジュンが苦労した母親のことを書いた一冊だった。自分のお袋のこの、押し殺したような人生の締めくくり方は、お袋の母親と瓜二つで、どれほど母親に愛着を感じていたかは、お袋の遺言にある、遺骨を亡き自分の夫とは違う、自分の母親(私の祖母)の墓に入れてほしいという我がままからもよく分かる。身内とて知らない、お袋の母親への想いがどれほど深いものだったのか改めて知らされた。自分には祖母にあたる明治の人は多くを語らず、確か70歳前後で大学で資格を取り直し、腰が曲がってからも毎日地域医療に汗を流し、日本の激動の時期をひっそりと高齢で終えた。先に他界した明治生まれの祖父は、東京に学び今の小樽商科大学を卒業した九州からの無骨で武人の風格のある人だったが、お袋は女性の目で批判的だった。お袋が「自分の母はかわいそうだった」と、自分が幼い時ぽつりと言ったのを記憶している。一族は樺太に渡り、事業成功半ばで終戦になり、北海道で相当な地主だった祖父はすべてを失ったと聞いている。祖父は終生暇があるとボロボロのドイツ語の辞書を読み、息子の一人を戦前の米国に留学させ、大学教授にまでした教育家でもあった。自分たち孫が尋ねても食事の席は同じくせず、中学くらいの頃、うっかり「おいしいものが食べたい」といって叱られ、飽食はせづ、粗食に甘んじ、年長者より先に箸を出す事はしないように言いつけられた。以来、今だに自分から「おいしいものを、、」と言えなくなった。
今まだ手には、昨日抱えた遺骨の温かみが残っている。自分の、時には反発し、疎遠だったといってもいい母親との思い出は、恐らくこれから出来てくるのだろう。最後に見た白いベールの下のお袋の顔には、今まで見せなかった、お袋の真の「やさしさ」がいっぱい溢れ、きれいな人だと初めて思った。お袋の最後のやさしさは、自分が入る両親の墓に「永代供養」を手配し、自分が出来ない両親への供養を行う配慮で結実している。最後に、地元にいて最後までかいがいしくお袋の面倒を見てくれた妹のご主人には最大の感謝をいたします。

去年11月、スロバニア Slovenia で生まれたアフリカ・ケヅメリクガメAfrican Spurred Tortoise の赤ちゃんです。なんとよく見れば、頭が二つに足が5本。左右には Madga (左) と Lenka(右)という別々なニックネームがついています。この種類は大きくなる種で。世界でthe Galapagos Tortoise, the Aldabra Giant Turtle. につぐ3番目に大きな種に属します。
記事には、進化論者evolutionistのチャールズ・ダーウィンCharles Darwin が見たら困惑しただろうとあります。人間にも稀に起きますから、カメにおきても不思議はないですが、長生きしてほしいですね。通常アフリカ、サハラ砂漠の南部に生息していて、大人になると甲羅の長さ45cm、体重は30kgから45kgになるそうです。 参照記事
分離独立派のチェチェンテロリストのリーダー ドク・ウマロフ Doku Umarov司令官(右)が、モスクワ郊外のドモジェドボ国際空港で37人が死亡した爆弾テロを指揮していたことは モスクワの飛行場で自爆テロ 黒い未亡人か? に書いたが、2011年3月3日、ロシア全土のイスラム教徒に「聖戦」を開始するよう求めるとともに、アラブ世界に向けては「革命を起こすことを通じて神の法を広めよ」と訴える複数のビデオ声明をインターネット上で発表した。彼はコーカサス(カフカス)の聖戦士the Mujahideen of the Caucasusを名乗りアルカイーダ al Qaedaとも連携していると言われ、イスラム・
カフカス首長国 Islamic Caucasus Emiratesの建国を目指している。特に「占領されたイスラムの地」であり、産油地域であるロシア中部 タタルスタンtatarstan、バシコルトスタンBashkortostan両共和国のイスラム教徒に聖戦に加わるよう要求した。 *地図はクリックで拡大 関連過去ブログ:モスクワ地下鉄自爆テロ:自爆決行40分前 モスクワ自爆テロ
チェチェン戦争はソビエト崩壊後に顕著になったロシアからの独立戦争で、チェチェン共和国、タタルスタン(タタールスタン)共和国が
今も独立を主張している。チェチェンでは1994年からの、第一次、第二次チェチェン戦争で人口100万のうち20万人が亡くなるという大被害を出し、形式上は2009年に終結している。この戦争で指揮をしたのがプーチンで、原子爆弾以外は何でも使用したといわれる。空爆や砲撃で街は廃墟と化し多くの市民が亡くなり、ロシア軍は拷問、処刑やリンチ、盗み、強姦、村単位の虐殺、誘拐して金銭を取るなどあらゆる蛮行、残虐を行い国際問題にもなった。対するイスラム過激派もロシア軍兵士の斬首など当時はこの映像が世界を震撼させました。
2011年3月5日:インドは、国内にパキスタンが出元と思われる精巧な偽札が国際的な経路で流入している事を公表し注意を呼びかけた。写真右。パキスタンと断定しているが、パキスタンは北朝鮮、中国と交流がある。製造元がその辺の可能性もあるのではないだろうか?2009年10月には中国
で偽札が出回っているとニュースになっている。過去ブログ:究極のコピー商品 中国のニセ札(偽札)写真右インドの偽札、左中国の偽券、真券。
過去ブログ:フィリピンでニセ1万円札 似たもの同士 偽札にご用心 :韓国でニセドル(偽ドル、にせドル)今頃また偽ドル札が、、。韓国
