2010年12月
2010年12月31日 個人


動画資料




相手を失明させた事件は過去にもあって、2004年、恋人Ameneh Bahramiさんが結婚を拒否した事で酸をかけ、両目を失明させた Majid Movahediに対しイラン法廷は2008年11月両目の摘出を言い渡した。(左が刑を受ける被告と被害者の事件前の写真。右は事件後)*アフガンのタリバンやアルカイーダは一般にスンニ派と解釈されている。参照記事
2011年5月14日:イラン司法当局は14日、女性の顔に硫酸をか けて失明させたとして、目に硫酸をかける刑が確定していた男性(30)への刑執行を延期した。「目には目を」として知られるイスラム法(シャリア)の同害 報復刑で、延期は国際人権団体などからの非難を考慮した可能性がある。新たな執行日は未定。・・・一度刑が執行されたとブログに書いたのですが、犯人の控訴や人権団体の訴えで5月14日の刑は延期になったようです。女性は刑の執行をやめる代わりに200万ユーロ(2億3000万円)の手術費、生活費の補償を求めている。 参照記事



米国テキサスとの国境に近いグアダルーペは人口9000人の街でフアレス市より国境沿いに約60km南下した小さな町。このあたりはメキシコ国内でも麻薬抗争が激しい地域で、犯罪都市フアレス市Ciudad Juarezに近く、約2年前(2009年1月20日、場所は the plaza in the village of Guadalupe Distrito Bravos)にはこの町の広場にアイスボックスに入った3個の切断された首が放置され、そのひとつは警察の指揮官だった。
独身のガンダーラさんがグアダルーペ警察で勤務を始めたのは2009年6月で、当時は同僚警察官が8人いたが、その週に警官一人が射殺され、その後7人が辞職し、彼女が最後の警官だった。麻薬抗争で次々と同僚を失ったガンダーラさんは、最近は自動式拳銃を手に、ただ1人で市内をパトロールしていた。過去に「私は必要とされるからここに居るI am here out of necessity.

同じ Juárez Valley地域のGuerreroでは、20歳の女学生が警察署長になって話題になった。

2010年11月末には、同じチワワ州のMeoqui(人口21000人)の弁護士で女性警察署長Hermila García Baezaさん(左下)が、仕事でハイウェイを運転中に銃撃され死亡(右下が事件現場)している。警察署長に着任してわずか1ヶ月後のことだった。
フアレス市Ciudad Juarez(人口140万人)の6箇所の行政区域で、合計2170人の警官が勤務し、そのうち540人が女性警官。今年だけでも3111件の殺人が起きた最悪の犯罪都市フアレス市では、あまりの危険に男性警官が減少し、女性警官は増える傾向にある。殺人は2009年の2754人(別な集計では2643人)をすでにしのぎ、10万人あたり191人が死亡している。
フアレス市と国境を接する米国エルパソ州立病院 El Paso's county-run hospital には、ここ3年間で200名の犯罪で負傷者が運び込まれ、その医療費用だけで 約4億円$4.7 millionを負担している。フアレス市を舞台にした、主にシナロ


写真右下はその一人で2010年2月17に殺害されたRamon Mendivil Sotelo,( Mayor of Guadalupe y Calvo, Chihuahua ボディーガードと共に20発以上の弾丸を打ち込まれ死亡。ヒットマンが使用した銃は

資料 メキシコ麻薬カルテル勢力分布図 2010 後期~Drug Cartel in MEXICO 資料記事 資料記事102人警官死亡
2010年12月29日:フアレス市の道路上で、枕の上に載った切断された男性の首が発見された。身元は不明。体は別な場所の廃屋になったビルから発見された。被害者は20歳代後半と見られている。
2010年12月30日:メキシコ北部Nuevo Leon州 Monterrey市では警察署2箇所が銃撃され、4人の警官と医者1名が死亡した。同じころ、メキシコ北部でカーウォッシュが銃撃され客一人を含む4人が殺害されている。


2011年1月1日: メキシコ南部ゲレロ州Guerreroの町Piedra Imanでは、新年のお祝いをしているパーティーに麻薬組織が発砲し、80、60、32、17歳の一般人4人が死亡した。


2010年12月27日、エルサドバドルEl Salvador外務省は、同じ地域で12月26日9名が乗客170名の北部のVeracruz 州に向かう汽車からメキシコ南部のオアハカ州Oaxaca stateの前回と同じ地域で拉致され、その後逃げて身柄を保護された自国民の証言から拉致事件の可能性を主張している。脱走者によれば、逃げ出せたのは5名だが、一人は途中で殺され、国籍不明な3名は行方不明で拉致監禁されている可能性があるという。エルサドバドルEl Salvador外務省は目撃証言から、最初に拉致されたのは男性30名、女性15名、子供5名と主張し、メキシコ警察は現在事件の目撃者5名を保護のため現在拘留している。
2010年12月28日:拉致の被害者として、9名がさらに同じ地域で拉致誘拐されたとエルサドバドル政府が正式に公表した。
似たような事件は2010年8月に起きていた。概要は、過去のブログ メキシコ マタモロスの虐殺72遺体発見 を参照。この時の事件はセタスの犯行といわれているが、事件はまだ未解決だ。メキシコの麻薬カルテルは身代金目的の誘拐をビジネスにしたり、過去の例では、カルテルの農場で強制労働させるために不法移民を拉致したことがある。

同被告は「社会に自分の 居場所が欲しかった」と弁解したが、「元戦友」だけでなく、夫人や子供にも嘘をついており、社会的地位だけでなく家族も失うはめになった。 そして元捕虜の会のメンバーとして、20年以上、各地で「捕虜体験」を講演。同被告は判決後、「元捕虜の方々とオーストラリア国民におわびする」との声明を出したが、友人や夫人は、いまだにショックから立ち直れないという。クレーン被告は、不当に受け取った 恩給約40万豪ドル(3300万円)は、老齢年金から返済する。生きていても、174歳まで 嘘の代償を払い続けることになる。さらに似たような、軍人恩給の不正受給がないかどうか調査が現在も続行され、おそらくかなりな不正受給が存在すると推測されている。参照記事 過去ブログ:過去には日本軍人の海軍葬をした国だったオーストラリア

11月3日午前、潘さんの妻は、生まれてまだ38日目の息子がオムツを触りながら泣きやまない異常な行動を不審に思い、オムツを調べ た。すると、切り裂いたオムツの中から錆びた刃が4枚、その後さらに1枚、計5枚も出てきた。オムツから突起した刃が赤ちゃんの下半身に当たっていたため、その部分が赤く脹れ あがったという。全日美社Everbeauty Industryは、オムツの製造過程で、原料を添加する際に機械に使用していた刃が混入したものと、調査結果を潘さんに伝え、21日、刃に当たって一時、傷を負った息子の健康を懸念する潘さんに対して、8000元(約10万円)の見舞金を渡した。元記事より抜粋
ローカル紙によれば、オムツを買った値段は30元(約400円)で、当初この夫婦の要求した補償金額は3万元(約40万円)だった。この上海のメーカーはこれを拒否し、規定では買った値段の4倍、120元(1560円)が妥当だと主張した。その後、メーカーは2000元(26000円)を提示し、両者は22日現在交渉中と23日の記事にある。上の記事が25日付なので、補償額はその後アップしたのだろう。刃は、オムツの粘着テープをカットするものだったとの説明もあり、メーカーはその後、ハサミでカットする方法に切り替えたという。Dad finds blades in his son's diaper英文参照記事
粉ミルクに有害なメラミンが混入して生産者が死刑になる大問題になったのに、いまだに生産物への管理が行き届いていない。過去ブログ:中国 メラミン入り粉ミルク事件 まだ終わってなかった! 中国のメラミン混入事件は天下りは無期懲役 儲ける為なら、子猫も子犬も赤子も犠牲か!!!!



この事件は衝撃的で、各国がニューで取り上げているが、イタリア紙ではタイトルに「KAMIKAZE」と記述している。どうも欧米では、戦争末期に日本が敵にのみ行った神風攻撃も、テロで一般人を殺傷する自爆も同じに見ているようだ。なんとも釈然としない。ちなみに中国では、自爆テロを「人肉炸彈」と表記するが、こっちはなんとも分かり易すぎててぞっとするのだが、、。過去ブログ:米軍はイラクから撤退できるのか? イラク、バクダッド2010年4月:スンニ派、シーア派政治状況2010年4月のイラク勢力状況 シーア派、スンニ派 今度はイランが、、。また複雑に、、
2010年12月26日 中東中近東アフガンパキスタン


今回応戦したのは米軍第2小隊ブラボー分隊2-327 2nd Platoon Bravo Company 2-327。国旗の下には「メリークリスマス」とある。(写真はどれもクリックで大きく拡大します)元記事
過去ブログ:泥沼のアフガニスタン タリバン、北部で攻撃に出る クナール クナールに近い別な監視所:アフガンで最大級の激戦 Afganistan Nuristan




札幌、仙台両国税局から所得隠しを指摘されたのは、「稚内海洋」(北海道稚内市)と「金井漁業」(釧路市)、「開洋漁業」(青森県八戸 市)、「佐藤漁業」(宮城県塩釜市)。重加算税を含む追徴税額は計約1億5000万円。佐藤漁業は赤字のため、重加算税を課せられなかった。読売記事より抜粋 スケトウダラ:すり身でかまぼこや卵は明太子の原料になる。
2010年12月27日:4社が資金の一部をキプロスなど海外の金融機関に作られた 法人名義口座に送金し、ロシア政府関係者に 渡るように操作していたことがわかった。



アイスランド、ギリシャも経済が破綻し国は破産状態になった。日本も状況は同じだが、公務員給与に対しては掛け声だけでほとんど何もしていないに等しく、海外からは思い切った制度改革ができない日本はさじを投げられバカ扱いされている。左は飛び降りる直前の彼 Adrian Sobaru 過去ブログ:公務員給与に関する腹の立つ表ですが、、。 ここにも馬鹿がいた。公務員給与比較 アジアだけ見てもダメ、世界の中で落ちていく日本。 幅広い犠牲が必要だ、。とオバマ大統領

場所はパキスタン北西部地域で、以前からパキスタンタリバンの拠点があるといわれている。アルジャジーラの記事にはBaizai area of the Mohmand tribal agencyとあるが、 正確にはBaizai Tehsil in the Sorandara area of Mohmand、サランドラ地区モフマンド部族管区のバイザイ地区となるだろうか。Baizai地区には米軍が空からの攻撃を集中して行い、11月には民間人の少女2名が犠牲になっている。


12月7日から8日にかけて、パキスタン北西部南ワジリスタンにいたタリバンの重要な司令官の一人Asmatullah Bhetani(写真内赤丸)がSararoghaでのパキスタン軍との銃撃戦で死亡しているが、追い詰められたタリバンが、春を待たずに一斉攻撃に出たとも見える。関連過去ブログ:アフガン 自爆テロ続く そしてこれからは、、。 タリバンのねらい目 補給路、基地攻撃



2011年1月12日:パキスタン北西部、北ワジリスタンより内陸部のBannu地区のMiryan の警察署が夕方自動車による自爆テロ攻撃を受け20名(警官12名含む)が死亡、負傷者多数。タリバンが犯行声明を出し、最近の米軍による無人機ミサイル攻撃への抗議と主張。

実はこの時、暗闇には27歳と30歳の二人のコソドロが居て、彼らの狙いは敷地内の農夫が貸している納屋で密かに栽培されている大麻だった。散弾は一人の背中と足に命中し、もう一人の仲間の運転でそのまま病院へ直行。病院は不振な怪我だとして警察に連絡し、3人は事情聴取され、同じ日の朝の8時に16人の武装警官が発砲した農夫を急襲、農夫は逮捕された。

しきりに農夫は「おいらはキツネだと思って撃っただけだ、、。」とご不満のようだが、この農夫、8歳のときから毎日のように小動物や鳥を撃つのが日課だったという。個人的に思うには、どうもあまり近所に評判の良くない方なのではないだろうか?参照記事2010年12月20 他。

グリニャンの町長は、付近では最近トリュフ泥棒が増えており、栽培農家を守らねばならないと述べる一方で、「撃ち殺すのは容認できる行為ではない」と語った。「黒いダイヤ」といわれる高級食材のトリュフは、クリスマスの時期は価格が上がり、1個あたり1000ユーロ($1,300約11万円)の値がつくこともある。町民は、撃った農夫を擁護するデモをし「いづれこのような事が起きると思っていた」と語っている。泥棒はこの収穫時期に、明るい満月を待って深夜に森の中などで窃盗するが、特に今年は天候不順でフランス国内の収穫が例年の半分ほどの25トンほどで、ブラックトリュフblack trufflesの相場が高騰し、同時に泥棒被害が多発している。農夫の気持ちはわかるが、殺してしまうというのは、、。 参照記事 参照記事 他


イアハートさんの最期は、航空史ミステリーの1つで、1937年6月、赤道上世界一周飛行‘round-the-world flightの途上、現パプアニューギニアのラエLaeから Howland Islandを目差して飛びたち、アメリア・イアハート博物館(Amelia Earhart Museum)によると、現在までイアハートさんの乗った双発のロッキード・エレクトラ(Lockheed Electra)号は

第一次世界大戦では負傷兵の看護の仕事をし、その時1920年に初めて乗った飛行機が彼女の運命を変えた。彼女は1923年にライセンスを得て、1928年世界で最初の女性大西洋飛行、1932年には最初の大西洋女性単独飛行、1935年には世界初のホノルル、カリフォルニア女性単独飛行を記録している。1930年から35年の間だけでも7つの新記録を作り出し、世界一周を最後の記録への挑戦としていた。







2012年7月3日:調査隊が3日、キリバス領ニクマロロ(Nikumaroro)島での調査に向けて出発する。調査を行う「歴史的航空機の発見を目指す国際グループ(The International Group for Historic Aircraft Recovery、TIGHAR)」は、イアハートが墜落後も生存していた可能性を、最先端機器を用いて探る予定。2009年に南大西洋に墜落したリオデジャネイロ(Rio de Janeiro)発パリ(Paris)行きのエールフランス(Air France)機からフライトレコーダーを回収したのと同様の遠隔操作装置や、海底を調べるためのマルチビーム測深機が用いられるという。 ニクマロロ島周辺では機体の残骸の目撃証言があったとされ、調査隊は、墜落後にを生き延びたイアハートがこの島で、一定期間生存していた仮説を立てて調査を行っている。YOUTUBE映像
2012年8月22日:「歴史的航空機の発見を目指す国際グループ(The International Group for Historic Aircraft Recovery、TIGHAR)」による調査で撮影された高精細映像を分析したところ、キリバスのニクマロロ島(Nikumaroro Island)の西の海底に「人工物」が散乱しているのが発見された。過去23年間で10回目の調査となった7月の調査では、イアハートが緊急着陸してしばらく生存していたとみられている無人島の周辺の海底の撮影が行われた。
TIGHARの責任者、リチャード・ジレスピ(Richard Gillespie)氏は、AFPの取材に「海中写真には、着陸装置の部品と一致する物体が写っている」と語り、タイヤの可能性がある物体を調査チームが発見したと述べた。「これは進展が期待できる」とジレスピ氏は述べた。「さらに詳細な分析をする必要がある。ミステリーが解明されたとわれわれは思っていない。これは調査の次のステップだ」参照記事より抜粋


最近 Mike Campbellが書いた「The Truth at Last,」でまたこの説を掲げ、エアハートの所持品、飛行機はサイパンにあり、このことを米国政府は知っていたが、彼女に日本軍のスパイをさせた事実を隠すために公表されていないという推論を書いているようだ。ほとんど珍説と言うしかないと思うのだが、、。参照記事
2013年4月25日;オーストラリア人の56歳の冒険家Michael Young氏は、独時の調査で、当時 Gardner Islandと言われた現在のニクマロロ島から、1937年7月、木の箱に入った、イアハートかフレッド・ヌーナンAmelia Earhart or her navigator Fred Noonanの遺骨がフィジーFijiの病院に鑑定のため届けられた可能性を確認したと発言し、本人は確認のため7月にフィジーに行く予定だという。病院か博物館にある可能性があるという。参照記事

2013年6月12日;上記の発見に関して、すでに2010年に沈没している残骸を確認してたと主張する米国の調査会社が、当時の調査費用を請求する訴訟を起こす動きがある。参照記事 映像記録



2015年6月2日;伝説の女性飛行士遭難の謎、異説が浮上 アメリア・イアハートはマーシャル諸島 ミリ環礁Marshall Islands,Mili Atollに降り立った?

スピンク氏の研究は、当時ロッキード・エレクトラ(Lockheed Electra)号に燃料装置を提供したパーカー社から資金援助を受け、ミリ環礁から証拠品になると思われるものを採取し、当時機体にアルミ材





その後の経過:2017年7月 アメリア・イアハートさん捜索に新たな証拠?


墓はこの地方の地主か当時の低い階級の兵士のものと推定されている。同じ場所からは、無臭の液体が入った壷も

ニュースの動画はここで
2011年4月1日、中国・陝西省西安市郊外で昨年末に発見された2400年以上前
