2009年6月25日付のロシア紙の報道によれば、中国の北東部 黒竜江(Heilongjiang))省に近いロシアの極東東部 Nizhne-Spasskoe 付近の村でロシアの国境警備隊に中国人が密貿易で逮捕された。彼らの所持していたのは 342個のクマの足(熊の手)と25kgのキャビア。名前が公表されていないこの2名の中国人はボートで密輸品を中国へ運ぼうとしていた。彼らは以前非合法にロシア領に数年滞在していた事もある。この件で2名の中国人が密輸で裁判にかけられると報じている。中国ではレストランの最高級料理の食材として珍重されているが、中国内ではクマの足の輸入は禁じられている。(捕まった場所は赤い印のところ)
現地で買い付けたにしろ、密猟したにしろ、いったい何頭のクマが犠牲になったのやら、、。それも、金にあかして珍品を食べたいと言う中国人のゲテモノ趣味のためだけに。馬鹿野郎である。こう言うことに対しては遠慮なく軽蔑させてもらう。猫を食べるという記事を書いたばかりだ。どこまで食い意地の張った人種なのか。過去にもこの手の記事は書いたが、保護されているトカゲやサルなど絶滅危惧種の野生動物まで食べ、自分は如何にに珍しいものを食べたか自慢するのが好きらしい。下らん悪趣味だ。 関係する過去のブログ ここ数ヶ月の摘発、すべて中国向け!!! もういい加減止めてくれ、犬猫食うのは、、。 依然として輸入を取り締まらない中共。アホな国だ。

























誰が撮った
のかもかも分からないが、自宅から搬送されるマイケル.。救急車の中だろうか?報道の経過からいけば、このときには意識はもうすでに無い。こ
れが彼の最後の写真といわれるもの。恐らく一般には出てこない1枚で削除される可能性が高い。拡大すると、鼻の回りにかなりいぼ状のものが見える。3月に
はなかったから、何か体に異変が起きていたとも想像できる。もう1枚はその。公にはこれが最後になった。
1日3回の鎮静剤の注射を痛み止めの薬を飲みながら打っていたと情報がある。7月からのロンドン公演を自分で「本当にこれが最後だ。最後のカーテンコール
だ」といった意味は、すでに自分の死期を知っていたとしか思えない。なぜかそれが予定より早く来た。





![lrg_2630_thumb[1]](https://livedoor.blogimg.jp/nappi11/imgs/5/3/5350bf71.jpg)
ここまでが2009年6月16日までの英国のニュースで、
2011年3月:
2020年1月28日:







捕虜の境遇にあっても勤勉に規律を持って働く日本人抑留者は、当時の地元民に敬意を表された。現地の人は、長い抑留でやせこけて、今にもくじけそうなボロボロな日本兵に「絶対に帰れる」と日本兵を励ま し、ある少年はソ連警備兵の目を盗み、こっそりと強制収容所(ラーゲリ 露: Лагерь)の隙間から日本人捕虜の傷だらけの手に黒パンや果物を握らせたという。彼らとて生きるのが大変な時期だったのに、、。 次の日にはそこに粗末な、しかし温かみのある兵隊の手造りのおもちゃが置いてあった。ーーー その後、ウズベキスタン 政府の協力も得て、荒れていた日本人墓地が整備され、「日本に帰ってもう一度、花見がしたかった」と言い残して亡くなった抑留者のために日本から桜の苗木千三百本が送られ、春には日本の色を見せている。
以前、読みながら泣けたこの話を資料を基に書き直した。今平和に生きるものとして忘れてはならない話である。人を殺せと教えられ、敵地を破壊せよと言われた兵士たちは、最後に何か美しいものを、永遠に残るものを残したかったのだろう。他国に資源を求めるのもいい、しかし、その跡にはきれいな森を残してほしいものだ。政治家に美意識があるならば、異国で桜を見たかった兵士のきもちはわかるだろう。ウズベキスタンの地で眠る兵士もそう願っているはずだ。 終戦時の


