2009年03月

松山のロシア人墓地 武士道健在なり

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080621matuyama27 日露戦争(一九〇四-〇五年)の捕虜を埋葬した愛媛県 松山市御幸1丁目のロシア人墓地で25日、第49回慰霊祭(市主催)があった。 住民や勝山中学校生徒ら約60人が参列し、遠い異国で亡くなった兵士の冥福を祈り、平和の尊さをかみしめた。同墓地に眠るのは、日露戦争で捕虜となり松山収容所で亡くなったワシリー・ボイスマン海軍大佐ら98人。勝山中学校や地元老人会などが定期的に墓地の清掃奉仕を続けている。

まだ武士道精神が健在だった明治には、国際条約に沿って捕虜の待遇もよく、市民とも交流が有名で、お小遣いも支給され、捕虜と看護師のロマンスも残っている。(下の関連ブログ参照)日本軍の捕虜になった74000人の捕虜のうち、松山には6000人ほどが滞在し、そのうち98名が異国で亡くなった。写真の大647佐の胸像はロシアで作られ、その当時ロシアは経済不況で日本へ胸像を送る資金が無く、その資金を市民や学生が募金でまかなった。こういう行為が平和につながるのだろう 。当時全国に収容所は29箇所あり、中でも松山の待遇は日本の兵隊を上回った。礼拝所もあり、市内への出入りも自由だった。ロシア人がその評判を聞き、戦地で日本兵に捕まったとき「マツヤマ、マツヤマ」と叫んだ逸話が残っている。右の絵葉書では、捕虜が治療のために道後温泉へ湯治に出かけています。

左は当時の日本側の資料で、敵国陸海軍衛生部員並俘虜にして治療の後兵役に堪へすと認とむる者等帰国a012002205005b55dを許可す と記述されている。

捕虜は、かならずしも戦争が終わるまで収容所に抑留されていたわけではなく、日露戦争では、例えば医療従事者、あるいは兵隊としての勤務ができないほど負傷した捕虜などは、戦争中であっても帰国が許されました。負傷していたワシリー・ボイスマン海軍大佐に帰国を促したが、大佐は「兵と共にいる」と辞退し、日本で病気で無くなりました。当時は「ロシア人の武士道」として賞賛されたそうです。

関連ブログ:タチバナ・カ>タケバ・ナカ>竹場なか  参考記事:当時のロシア人捕虜の食事など


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2009年03月27日  個人 

世界はアジアブームだから、こんなのも出てくる

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   3月にインドネシア・ジャカルタ(Jakarta)で、アジアで初めて開店した フランス・パリ(Paris)に本店のある「ブッダバー(Buddha Bar)」が、仏教への侮辱 だとされるなど、抗議の的になっている。 ブッダバーは、店内に巨大なブッダ像が置かれた豪華なラウンジ・バーとレストランで、ジャカルタ中心部にあるオ ランダ植民地時代の建物を改装してオープンした。 しかし、オープンから3か月もたたないうちに、閉店を求める声が高まっている。 ,,仏教徒による反ブッダバー団体の弁護士らは、ブッダバーが仏教を侮辱していると 画像 012 して、警察に訴え出た。インドネシアはイスラム教徒が大半を占めるが、仏教は憲法 上認められている5つの宗教の1つ.

右がフランスのパリにある ブッダ・バー 本店。広いホールにテーブルが点在している。パリの変わったバー までなら許せるだろうが、国教が仏教の国ではご法度でしょう。この程度の事が分からないのが白人文化の未熟なところ。 左上はインドネシアでオープンした ブッダ・バー。

左下はオジが以前作ったインドレストラン。派手さでは負けていない(笑)。店内には祭壇も仏像もありますが、これは飾りではなくインド人の経営者の要望でした。いつ行ってもお線香がたかれています。


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デニー・ロイ博士 もう少し別な見方が必要では?

Roy EWC photo 2009年3月19日、米イースト・ウェスト・センター、シニアフェローのデニー・ロイ博士は東京で「中国の台頭と地域安全保障への影響」と題する講演を行った。中国は平和的な発展を主張しており、世界の脅威にはならないとの見方を示した。20日、環球時報が伝えた。
日本をはじめとする諸国で中国の経済と軍事費の急成長への警戒心が高まっているが、共同通信によると、ロイ博士は「中国は大国となり将来指導力を発揮することを目指しているが、ただし平和的な発展を主張しており世界の脅威にはならない」との見方を示した 。 (過去に 別な場面で博士は、 中国が近年、台湾に照準を定めた弾道ミサイルの数を1100発にまで増やしたことを挙げ、台湾を「米中戦争が起こり得る唯一の場所」と発言している。それから今は相当見方を変えたようだ)

日本では米中が世界を主導することとの関連で、日米同盟の今後に不安がささやかれているが、ロイ博士は中国が国際ルールに従い自己の責任を果たす限り、米国は中国の発展を歓迎すると述べた。また日米同盟の影響力はいくぶんか減少するといえども、日本にとっての不利ではないとも発言している。

ニュースの断片だけで異論を言うのもどうかと思うが、博士の経歴主に戦略と防衛の研究)やその他の発言から思う事がある。結論から言うと軍事戦略と防衛の側面からみた、かなり楽観的過ぎる見方ではないか?中国の問題は、この高名な博士が自分で述べているように「中国が国際ルールに従い自己の責任を果たす限り、、、」 の部分である。一番のルール違反は武器輸出だ。すでに国連の意向にも反してアフリカなどへ資源開発の見返りに武器、軍備の輸出を行い、今後は南米への過剰 な武器輸出が懸念されている。直接中国軍が他国と対峙することは無いと想像しても、豊富な中国の軍事援助を後ろ盾に戦争を仕掛ける国が出る可能性は高い。 更に中国の体質的なことも問題があり、それがイタズラに緊張を生み、無意味に相手の軍備強化につながってしまう。これは単にものの言い方を知らない失礼で 乱暴な国だと言う事だ。たとえば台湾に対し、インドに対し、何かあれば「軍事力を使ってでも、、。」という現代にはなじまない威圧的発言をする。中国軍部 首脳が尊大だと言えばそれまでだが、その言動によって相手国に緊張を生み、軍備増強を招いてしまう。自分の国が大国だと認識し、他国に対しては控え目に対 応することを学ぶべきだろう。そのためには中共内部の軍部へのシビリアンコントロール(文民統制、国民主導型軍事管理)をもっと進めなければならづ、その ためには中国での情報の公開、発言の自由、人権が今より数段確保された国にならなければならない。それが今の中共でシステム的に無理ならば、近代世界の形 成に中共の体質全ては容認できず、危険な組織と言わざるをえない。博士、あなたの考えはあまりに近視眼で、楽観的過ぎるのでは無いだろうか?アジアの人権 まで研究した博士が、その点に触れないのは何か意図的なものさえ感じる。一例を上げれば、 チベット亡命政府の発表によると、2008年3月10日から2009年1月31日の間、5,600人以上のチベット人が逮捕され、拘束された。うち、 220人が死亡し、290人が刑罰に処され、1000人が行方不明だという。実数はもっと多いだろうが、こういう、米国ならば当然知っているはずの中共の 闇の部分に目をつぶり、経済的な理由から中国との関係を密にするための中共擁護の論陣を張りに日本に来たのなら、あなたは魂を売った学者ではないのか?


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2009年03月22日  メキシコ 中南米 犯罪

食器が、バナナが、ギブスがコカインだった!

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  少し前のブログ(テリトリー:犯罪)に、コカインでギブスを作って税関で逮捕されたのを書いたが、なんと今度はコカインで42枚の食器を作って送ったのが 発見された。南米ベネゼイラ発ロンドン経由スペインのバルセロナ行きの荷物は、スペイン人の35歳の男が受取人で発送人は JVLL としかわからない。 受取人は利用されただけのようで、当然逮捕された。食器の総重量45ポンド 約20キロ。

写真で見ても青地にひまわりの模様がついた一見普通の食器に見える。これを粉々にしてコカインを精製するつ もりだろうが、一体次は何に化けて密輸されるのだろう。過去にあった記憶をたどってもコカインの隠し場所は実に巧妙だ。死体の中、魚の中、紙にしみこま す、飲み込む、旅行客の妊娠した大きなおなかがコカインだった事も在った。

20日にはドイツのスーパーにコロンビアからのバナナの箱が届き、女性スタッフが検品したところ、中に28 キロのコカイン、末端価格で200万ドル約1億9000万円分が隠されていた。これはどうやら間違った住所を書いたため。過去にもコロンビアのバナナ王が コンテナにコカインを隠して逮捕された。バナナとコカインは縁が深いようだ。

日本の周りを見ても、中国、韓国、ロシア、オーストリア、、全部麻薬汚染が問題になっている。下はコカインを固めて作った食器のウラとバナナに入っていたコカインの箱とコカインで作ったギブスの写真

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2009年03月20日  ネコ 個人

やっと撮れた写真

lkjkjh フー の布団の中の寝姿はなかなか写真で撮れなかった。たまたま今日はカメラを布団に入れて適当にシャッターを切ったら映っていた。右の濃紺がオジのパジャマの 右足で、その先に足の甲がある。それの上にかぶさるようにして寝ているのがフー。布団の中では体に布団が乗っても気にしない。必ずオジの足などにくっつい て寝るのが癖で、すでに部屋の中は寒くは無い。以前は単に寒がりと思っていたが、どうやら、こうしているのが好きらしい。

勝手にもぐりこむ事はほとんど無く、必ず目の前に来て「入りたい」と意思表示する。それでこっちが布団のす そを上げてやるとスタスタと、それこそ待ってましたとばかりに中に入っていく。最高のポジションが決まるまでは布団の中でごそごそしてる. こっちが起きるときは、布団の中に一声「起きるぞー!」と言えば、大きなあくびをして意味が分かるのだろう、ゆっくりと布団から出てくれる。、


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音楽に人種は無いか、、。

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アーリア人種の優越性を主張し、それ以外を劣等人種と決めつけたヒトラー。ユダヤ人を大量虐殺し、ロシア人をも憎悪したこの独裁者が生前、ユダヤ人やロシア人の音楽家のレコード多数を帝国総統府内に隠し持っていたことが最近、判明した。このレコードの存在を世に知らしめたのは、第二次大戦後のベルリンに、ソ連軍将校として赴いたレフ・ベジメンスキー氏の娘、アレクサンドラさんだ。アレクサンドラさんと、レコードの出合いは偶然だった。1991年、モスクワ郊外の家の屋根裏で、バドミントンの道具を探してbeettchsky0608_468x328 いたとき、ある木箱を見つけた。箱には「帝国総統府」と書かれ、驚いて階下に戻ると、父親は「あの日」のことを語り始めた。 ヒトラーが自殺した後の45年5月、ベジメンスキー氏が総統府に入ると、特殊な鍵がかけられた鉄の扉の向こうに秘密の部屋を発見した。そこに「帝国総統府」と書かれた木箱があり、中にはワーグナーやチャイコフスキー、ラフマニノフのレコードがあった。、、ウィーン滞在時代、オペラ座にほぼ毎日通うなど音楽好きのヒトラーにとり、一流の音楽とは、どんなイデオロギーを掲げようとも手放せない“麻薬”のようなものだったのだろうか。YOUTUBE動画

と言うのが記事の抜粋。ヒトラーがこっそり劣等民族だと決め付けたロシア人 チャイコフスキーの音楽も聞いていたという話。左はベートーベンとチャイコフスキー。


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2009年03月18日  メキシコ 中南米 犯罪

メキシコ麻薬戦争 ボスが億万長者番付に!歌手も殺される!

ElChapoCi090316124026 米 経済誌「フォーブス(Forbes)」が3月11日に発表した世界長者番付にメキシコで最重要指名手配犯とされる麻薬組織のボスが入ったことに対し、メキ シコのフェリペ・カルデロン(Felipe Calderon)大統領が「犯罪の正当化だ」と抗議した。 右の逃亡中の、億万長者番付に載ったボスは、麻薬密輸組織「シナロアSinaloa cartel)」を率いるホアキン・グスマン(Joaquin Guzman)容疑者(54、別名「エルチャポ(El Chapo)通称:Shorty」)。2001年にメキシコの刑務所を脱獄し、米国は容疑者の逮捕に500万ドルの懸賞金を かけている。グスマン容疑者は、コカイン密輸で資産10億ドルをかせぎ、フォーブスの長者番付で世界第701位に入った。 muere_valentin_elizalde

  メキシコでは、麻薬組織のシナロアカルテルSinaloa cartelガルフカルテルGulf cartelの二大勢力が抗争を続けている。両勢力は、インターネット上のブログ上で自派の宣伝合戦を行なっている。歌手バレンティン・エリサルデValentín Elizaldeさん(27:写真左)は、シナロアカルテルに肩入れする曲を歌っていたがコンサートが終了した直後に敵対するガルフカルテル側にマシンガンで銃撃され、死亡している。バレンティンさんの曲の題名は「私の敵に対して」で、ガルフカルテルを刺激するものになっていた。事件は2006年11月25日、米テキサス州マカレン市に近いメキシコ北部のレイノサでコンサート終了後、バレンティンさんは駐車場でSUVに乗り込もうとした際、マシンガンで70発の銃弾を浴びせられた。その年の12月13日には歌手のハビエル・モラレスさん(28)が6発の銃弾を撃ちCNN200903130025込まれ、遺体で発見されている 

メキシコと国境を接するラレードの警察は2009年3月13日までに、メキシコの麻薬密輸組織「ガルフ・カルテル」 に属する「殺し屋」となっていた米国人の10代の男2人を逮捕したと述べた。1人は取り調べに対し「スーパーマンになったと思った。好きな仕事だった」と 供述している。一人は刑務所で殺害された。二人はメキシコの農場で半年間の訓練を受け、毎週500米ドル(約4万9000円)の手当をもらっていた。命令 で殺人を犯した場合は、最高で5万ドルとコカイン2キロを与えられたという。右は捕まった殺し屋になっていた米国籍の少年。目が変なのはイレズミを入れて いるようだ。

2009年11月 16日:ニカラグアの国家警察当局者は16日、同国内でメキシコの麻薬カルテル向けの武器類の隠匿を摘発、銃など61点を押収。「シナロア・カルテル」 が関与していたとみられ、ニカラグアがメキシコの麻薬密輸組織による武器調達の場所になっている実態が浮き彫りになった。麻薬カルテルの武器調達は米国が 主要な舞台とされてきたが、武器密輸グループの主犯格とされるメキシコ人の技師を摘発、調べていた。押収したのは自動攻撃銃AK─47型53丁、M─16 型自動小銃4丁、迫撃砲とロケット弾発射装置や弾薬類など。

 2009年12月3日 米財務省は3日、メキシコの麻薬カルテルと関係を持つ同国の密輸業者22人、関連会社10社が米国内に保持する資産を凍結、米企業に対しこれら人物、企業との商取引を禁止する措置を打ち出した。22人はメキシコ中央部シナロア州に拠点がある大規模な麻薬カルテルとの関係が指摘される。制裁措置が取られた企業の業種は、レストラン、民間航空会社、運送業、倉庫経営などとなっている。麻薬カルテル絡みの暴力で今年これまでの死亡者は6900人以上となっている。。

2009年12月16日、以前は「シナロア・カルテル」の幹部だったが、離反して「ガルフ・カルテル」、殺人部隊の「セタス・カルテル」と手を組んで「シナロア」に対し抗争を仕掛けていたベルトラン・レイバ兄弟Beltran Leyva brothersが中南部クエルナバカCuernavacaでメキシコ海軍と銃撃戦を展開し、全員射殺された。彼らは、新興勢力で Beltran Leyva brothers cartel  ベルトラン・レイバ兄弟・カルテル」を構成し射殺されたArturo Beltran Leyvaは「ボスの中のボス」とまで言われた。兄弟は2008年1月21日にクリアカン市内で兄弟の次兄アルフレドAlfredoが手下3人とともに国軍に逮捕されたことが「シナロア」のボスのホアキン“エル・チャポ”グスマンEl Chapo" Guzmanの指示による密告だと疑った事から抗争を始めた。すでにメキシコでは過去3年で16000人が麻薬抗争で死亡し、行方不明多数。指名手配中だったアルトゥロ・ベルトラン・レイバ(Arturo Beltran Leyva)容疑者射殺報道 過去の関連ブログ  メキシコ麻薬カルテル勢力図


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aE6A5KenUpc7YF1rvj-ms_m4p2009年3月13日: 李栄薫(イ・ヨンフンソウル大学経済学科教授)は四年ほど前、「植民地時代に日本帝国主義者が韓国農民の土地を奪った」との通説は、捏造であって真実ではないと語り、激しく非難した。日本の植民地時代にまつわる捏造事実は大別して四点に分けられるという。
①農民の土地の四割が日本人に奪われた、
②数十万人の女性が挺身隊に駆り出され慰安婦にされた、
③毎年、収穫されるコメの半分を日本が奪った、
④600万人が強制連行された。

李 教授が語る。「これらは約20年前につくられた話で、あたかも事実であるかのように教科書に載っています。若い世代は捏造事実を教えられ、悔し涙に暮れ、 反日になるのです。国史学者も、これまでの通説の間違いを事実上、認めています。われわれの指摘への反論はありません」

以上は最近韓国の朝鮮日報に掲載された記事で、この教授は以前から学者の立場として韓国の行き過ぎた歴史教育を批判している。驚くのは影響力のある朝鮮日報が取り上げていること。

教授の過去の主な発言は以下

「朝鮮王朝が20世紀の世界史地図から抹消されることもあり得た大きな悲劇を発生させた原因は、盲目的反日主義だ」「(朝鮮時代支配集団の)盲目的反日感情と文化的優越感が、最終的に実用主義的外交を不可能にさせたと言える」「日本の初代統監と同時に国権侵奪の「元凶」と知られる伊藤博文も、最初は韓国併合に反対していたとし「日本が1876年から韓国を侵入する計画を立てて段階別に推進してきた、すなわち日本が初めから韓半島併合の意図を確実にもっ ていたということは誤り」資料記事2005年韓国紙:イ・ヨンフンソウル大教授「旧韓末盲目的反日感情が朝鮮亡国を呼んだ」

「盧武鉉大統領はすでに大衆の感情で利得を得る盲目的な反日主義を、政治的な手段として利用している」「例えば日帝が650万人を強制動員して戦争に連れて行ったと言うが、実際日本へ行った人々は募集と徴用などにより70万人位と見るのが定説だ」と語った。彼 は、「軍人と軍属を合わせて30万~100万人で、残りの500万人は勤労報国、すなわち労働奉仕人員」としながら、「このような事を強制連行という言葉 で誤魔化して、650万または、850万という『神話』を作り上げてこれらをまた、何らの検証無しで教科書に書いているのだ。これはあきらかな反知性だ」「従軍慰安婦は日帝が強制動員したのではなく、当事者が自発的に参加した商業的な売春と同時に公娼制だった」

さらに、、。

韓国の某大学の学長
「私は平素学生に対して、韓国人としての自覚を促している。 日本の韓国併合に抗議する前に韓国人自身が考えなければならないことがある。日本の韓国併合に対してアメリカもイギリスも誰も抗議しなかった。
世界は当然のような顔をして受止めていた。それはなぜか。日清戦争のとき、清国軍がソウルを占領しても韓国人は戦わなかった。日本が戦って清国(中国)を追い払った。 ロシアが入ってきた時もわれわれは戦わなかった。 日本軍が血を流して戦い、朝鮮からロシアを追い出した。だから日本はこれ以上トラブルは嫌だと朝鮮を(日本と)併合してしまった。韓国は自ら亡んだのだ。責任を日本に押し付ける前に、われわれは戦わなかったから亡びたことを知らねばならない。」以上韓国記事からの引用 参照元は削除されていますが、まとめた記事が残っていました。
resize_imgkijresize_img戦後韓国では民族主義的な学者の勢力が強く、上記のような学者の意見は無視され続けるばかりでなく、その後李栄薫氏は殴るけるの暴行を受け、慰安婦の前で土下座させられた。おかしな事に、戦争体験者より若者のほうが反日的だという言うのは、すべて行き過ぎた、そして従軍慰安婦問題に関しては、意図的に大戦後の朝鮮戦争時の事実を混同している反日教育のせいである。

韓国人よ、いい加減に目を覚ませ。貴方達が、日本が搾取したという日本の統治の36年の間に、朝鮮の1000万人(1910年)だった人口は2400万人に増加し、平均寿命も24歳から45歳にのびた。併合後の韓国のインフラ整備に日本が投資した費用は土木費合計約6億4000万円、道路・港・港湾修築費用約2億4110万円、鉄道建設改良費に21億8364万円もかかっている。ちなみに当時の日本の国家予算は20億円だった。

韓国併合は形式上合法的に行われたのであり、だから当時の世界の列強も承認している。これを、宣戦布告もなしに、空爆と戦車で他国を占領したナチスと同じに見ること自体が大間違いである。今の視点で韓国併合が違法だと朝鮮人が抗議するのであれば日本だけでなく、それを当時承認したアメリカ・イギリス・フランス・ロシアなどにも抗議するべきだ。そして、それまでの封建的な身分制度から国民を開放し、無数の学校、病院を全国に設けたのは誰だったか調べたらすぐわかる事をしない貴方達は怠慢だ。李栄薫教授が親日かどうかは問題ではない。学者として真実を言っているだけだ。

この併合が最適な方法だったかは、当時の日本にも多くの異論があったのも事実だが、目前のロシアの南下、中国、欧米の侵略に朝鮮半島が脅かされていたのもまた事実であり、このことは決して日本の妄想でもなく、また当時は植民地主義全盛だった事を考慮して歴史をみるべきだろう。その後の日本の敗戦後、半島は2分化され、共産国北朝鮮と中国が誕生し今に至り、南北国境はいまも休戦状態という不安定を継続している。事実はまさに、日本が危惧した状況になっている。

kijuyy2014年1月22日安秉直ソウル大学教授が告発「従軍慰安婦連行が強制的でないのは歴史的事実 お金のため」 

ソウル大学の安秉直(アン・ビョンジク)教授が従軍慰安婦について告発している。彼は「慰安婦動員が強制的ではないのは歴史的事実です」とコメント。慰安婦を集め業者が商売をしたかっただけだと語り、それは従軍慰安婦ではなく単に売春婦だったという。「それは何が目的か」と聞かれたら「お金のためでしょう」と語る。安秉直教授の告発は今回が初めてではなく、過去にも行われている。その際は「朝鮮王室が所有していた“国有地”を朝鮮総督府の所有に移し換えたものに過ぎない。公然たる土地の略奪はなかった」と発言している。また過去に安秉直教授は慰安婦問題の真実を知るために韓国挺身際問題対策協議会と共同で調査を行っていたが、3年で辞めてしまったそうだ。その理由としては協議会の目的が真実を知る事ではなく、日本に慰安婦問題を認めさせることだけ(反日)であったからだったそうだ。映像


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2009年03月08日  欧州 EU 犯罪
2009/03/16

ヨゼフの裁判が始まる

12  以前に悪夢の8516日、地下に娘と子供3人、24年間監禁! というブログを書いたが、随分多くの方が目を通して下さりありがとうございます。いよいよオーストリアで犯人ヨゼフ・フリッツ(Josef Fritzl:1935年4月9日 ~)の裁判が今月16日から始まるようです。すでに200名ほどの報道陣も世界中から集まっているようで、エリザベスのさんや子供たちは過熱するマスコミ報道から守るために以前の病院に隔離されたようです。同じく陪審員の身辺警護もきびしくなっていま3す。右は最近撮られた刑務4所に仮収監中のヨゼフの姿で、非常に珍しい 写真です。刑務所の屋上でなぜか一人で散策していますが、通常彼はほとんど独房から出る事がありません。と言うのも、彼を殺すと言う囚人が山ほど居るからです。彼には近親相姦、強姦、奴隷化、不法監禁、更に殺人の容疑もあります。事件は去年4月でしたから、すでに約1年がたちました。その後ヨゼフが語った話では、監禁はエリザベスさんの些細な事(彼女が地下で洗剤の匂いをかいでいた?)で腹が立って監禁したのがはじめだそうで、いまだに自分の非は認めていないようです。裁判はSt. Poelten(ザンクト・ポルテン又はペルテン)と言う街で開かれ、マスコミには非公開 の予定。(写真左上)左下は16日の報道記事より、開廷前の報道陣への公開で顔を隠すヨゼフ。

裁判は最大で5日間の予定で、被害者のエリザベスさんのヨゼフには会いたくないとの希望から、彼女の証言は前もって収録されたビデオで行われ、それを陪審員が見ることになる。証人にはヨゼフの妻ローズマリーも出廷予定。ローズマリーは事件の自宅が借金にために売りに出された事もあり、郊外の以前から所有のペンションに一人住まいで「私はすべて、地位もプライドもお金も無くした。人はいろいろ言うけど、放っておいてほしい」と心境を語っています。ヨゼフとは離婚の手続き中です。エリザベスさんの証言内容はかなり性的できわどいものになると思われ、すべては報道されないでしょう。証言内容は、いかににヨゼフが異常な要求をし異常性愛者だったかの暴露になるでしょうから、、。

article-1163120-03FC5964000005DC-777_468x286 延べ7時間にも及ぶビデオが陪審員に公開されたが、これはエリザベスさんが保護された3ヵ月後に収録されたもので、新生活をする前にすべて吐き出しておきたいと言う本人の希望によるものです。その中では、監禁中の虐待の数々が生々しく告白されました。これに対しヨゼフは、「彼女は子供時代にきびしくされた事や、別な人間(叔父や労働者を指摘している)による性経験などを混同していると異論を主張したようで、全く反省の色は見えません。

17日と言うから裁判二日目だろう。エリザベスさんが非公開で法廷を訪れ、自分のビデオでの証言も見たそうです。さらに驚く事に、拒否していたヨゼフとの面会も7分ほどですが椅子に座った静かな状況で行われました。その後ヨゼフの態度が一転し、それまでレイプや虐待の多くを認めていても、奴隷化したことや子供の殺人は否定していましたが一転、全てを認める発言をしました。彼の弁護士によってもそれは確認され、それを機に彼の態度も大きく変わったということです。担当の精神科医に「自分の請求を変えます。全てに対し有罪を認めます」と発言した。

その後の3回目の法廷に11人の警護に付き添われてヨゼフが入廷しました。判事の前の椅子に座り、ヨゼフが初めて発した言葉は、エリザベスさんが今まで聞いたことの無い三語でした。「Ich bedaure es – I regret it 私は謝罪します」 判事は彼に「私はエリザベスさんの証言に沿った意識に戻ってもらいたかったのです」 ヨゼフ「はい、判事殿」 何か付け加える事はとの判事の言葉にヨゼフは「全ての訴えに対し有罪を認めます。全て、自分の娘の証言にあった自分の行為ついて謝罪します。、、自分の行った残酷な行為を初めて認めます。自分は赤ん坊(マイケル)を殺すつもりは在りませんでした。私はそんなに彼がひどい状態だとは分からなかったのです。、、、」彼にはマイケルを救う手立てが無かったと供述しました。彼の状況説明が続きましたが、一番大事なのは冒頭の謝罪の言葉でしょう。 19日判決公判があり同国の地方裁判所は ヨゼフ・フリツル被告に対し、精神科施設へ送致し最高刑の終身刑とする求刑した。同時に、ヨーゼフには15年間の仮釈放を認めない判決が下った。参照記事(多くの記事を読みとおして自分なりにまとめてあります。おそらく 多少の翻訳間違いなどあると思いますのでお気づきの点はご指摘ください)

2009年5月14日 英国紙ミラーの報道によれば、ヨゼフの所有する9つの家のうち3つが4億3千万円ほど( £3million)で売却された。但し事件の地下室のある建物は急遽販売が見送られた。オーストリアのNHS(医療機関か?)は、6人の子供とエリザベスさんのために1億4千万円(£1million)以上を要求したと報じられている。

2009年6月1日 エリザベスさん42歳が今年の初めから年下の専属ガードマンと恋に陥り、一緒に住んでいる可能性があるというニュースが流れた。ドイツ系のThomas W としか公表されていない。子供6人も同じ住居に住んでいるかなど詳細は不明。

2009年7月9日 オーストリアで服役するヨゼフには服役5週間目してすでに痴呆症や物忘れの症状が出ているようだとの情報がある。

56871517-0-image-a-21_16505330436822010年2月15日 現在75歳のヨゼフに対しa country court in Victoria Stateに於いて 22年の禁固刑が宣告された。久しぶりのヨゼフの近況は想像しがたいものだ。収容所の中から2週間に一度ほどエリザベスさんへ謝罪を含む手紙を送っているそうだが、その中で、自分が法律家になって自分の弁護をしたいから、勉学の為の資金3500ポンド(49万円)ほどを無心している。さらに頭髪を気にして植毛した毛髪にシャンプーがほしいとか、コーラがほしい、、。当然だがエリザベスさんの返事は無い。どこまでも人の気持ちが分からない異常なヨゼフである。

2010年11月10日:事件現場の24年たった住宅に対し裁判所は取り壊しの許可を出し、有効に使われるならと売却される事になったようだ。子供たちの補償費用に当てられると見られる。

 2022年6月7日:ヨーゼフ・フリッツルは厳重な精神科施設から通常の刑務所に移送されない、とウィーンの高等地方裁判所は6月7日火曜日に決定した。現在87歳のフリッツルは、現在拘留されているクレムスシュタイン矯正施設Krems-Stein correctional facilityではなく、通常の刑務所a regular prisonに移送されていれば、15 年後に条件付き釈放を申請できたはずだと報道されている参照記事  

images くい2024年1月27日:オーストリアの裁判所は25日、地下室に24年以上監禁していた娘との間に7人の子どもをもうけ、近親相姦やレイプの罪などで、現在はウィーンの北西約80キロに位置するクレムス(Krems)で、精神疾患があり、深刻な危害をもたらす恐れのある受刑者専用の施設で服役している服役中のヨーゼフ・フリッツル(Josef Fritzl)受刑者に対し、厳重な警戒態勢が敷かれている特別施設から一般的な刑務所への移送を承認した。フリッツル受刑者の弁護士は、今回の裁判所の移送許可に同受刑者は「感激」していると明らかにした。一方で、体力が衰え、認知症も始まっているとして、来年、釈放を申請する予定だとしている。エリーザベト(エリザベス)さんと子どもたちは新しい身分を取得し、現在は非公開の場所で生活している。参照記事、、、、現在89歳と思われ、14年服役したフリッツル受刑者への仮釈放の用意か? 移送の可能性は、2022年4月にも報道された。


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危険な宇宙

gfd loi左下の写真は2008年11月16日、国際宇宙ステーションへのドッキングを控えてスペースシャトル「エンデバー」のパイロットシートでマニュアルを読み返すエリック・ボー宇宙飛行士(スペースシャトル・パイロット)の模様を撮影したもの。
何の変哲もない映像だが、実はこの映像が撮影された直後にスペースシャトルのコックピットで驚くべき事件が発生したことはほとんど知られてはいない。

NASAが2月18日公表したスペースシャトルと 0ac47134 宇宙のチリ(ゴミ)の衝突。これはスペースデブリと呼ばれ、無数に飛び回っている。過去にはガラスに微小なマイクロデブリがぶつかり、直径2.5mmで深 さ38mmのヒビを残した。もちろんガラスが破壊されれば死者が出るし、不幸なときにはシャトルは破壊される。今回もデブリが小さいためにシャトルは無事 帰還した。宇宙遊泳中の飛行士に数ミリのデブリが衝突すれば即死する。これほど危険な宇宙のゴミを、中国などは衛星を宇宙で爆破したりして遠慮なく撒き散 らしている。中国だけの責任ではないが、中国人科学者にはモラルが無いようだ。写真左のコックピット撮影直後にデブリがぶつかった。右の写真の中央白い部 分がその時チリが衝突して出来たヒビ。サイズは未公開だが、恐らく直径数ミリでこれでも恐らく深さは数センチあるのだろう。公表されているコックピットの ガラスは3層になっていて、外側の層は、厚さ1.58cm、中央層3.3cm、内側の窓ガラスは1.65cmと言われ、意外と薄い気がする。去年8月に は、ロシアの宇宙船がデブリとの衝突を避けるために、緊急に宇宙船の位置を変更した事もあった。 日本は独自にデブリ除去の研究をしている。


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似たもの同士 偽札にご用心

untitled フィリピンのマニラ首都圏の複数の両替店に、昨年から精巧な偽1万円札が多数持ち込まれていることが5日、分かった。フィリピン警察当局者が明らかにした。偽札の流通がフィリピン国外に拡大する可能性もあり、日本の警察も情報収集に乗り出している。下がニセモノ。

これは今に始まった事ではなく、すでに2005年に日銀は偽札対策で新しい1万円札をフル生産した。

日本銀行と国立印刷局は2005年1月20日、旧1万円 札の偽札が大量に見つかっているため、来年度の新1万円札を増刷する方向で最終調整に入った。最大で3億枚程度増やして約28億枚に引き上げ、旧1万円札 の回収を進める。新1万円札は当初、今年度(25億4000万枚)並みの印刷を予定していたが、偽造紙幣が出回っている事態を重くみて、新札への切り替え を急ぐことにした。

このとき角度を変えると色が変わるホログラムが入ったのだが、またこれの偽札が出回ったということ。なぜか中国でも精巧な元の偽札が出回っていて、これはあまりに精巧で、銀行の判別機も通ってしまい、両替した中にまぎれこむという。また、通販で簡単に偽札が買えるため、ある労働者の給料の8割が偽札だった事もあると言う。


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gfde私のノートを読みたまえ、、。レオナルド・ダビンチ

 イタリア・ルネサンスの巨匠、レオナルド・ダビンチの研究ノートに書かれた文字の下から、ダビンチの若き日の自画像とみられる絵が見つかり、貴重な発見として注目を集めています。自画像は、レオナルド・ダビンチが鳥の飛行についての研究を記したノートから見つかりました。ノート一面に書かれた文字の下に、赤いチョークのようなもので描かれています。イタリアの科学ジャーナリスト、ピエロ・アンジェラ氏が、文字の間に鼻のように見える絵を発見し、グラフィックデザイナーなどの協力を得て文字を取り除く作業を進めた結果、顔の全体像が浮かび上がりました。ANSA通信 2月27日

hgbvfnbgfというニュースが在って、右上が以前から有名なダビンチの60歳代の肖像と言われるデッサン画で、その左が今回見つかった1480年代のダビンチのノートの自画像と言われるもの。これでははっきりしないので、右が文字をコンピュータ処理したもの。逆算するとダビンチが30歳代のころだと言う。自己顕示欲の強かった方のようで、別なところでこんな言葉を残している 「読者よ、もしも、私に感心をもつなら私のノートを読みたまえ。私のような人間は極めて稀にしか生まれて来なかったのだから。というのも、こうfrreewsいう新しいものを新たに自分で創ろうと望む少数の者のみが、このような研究を持続する忍耐力を保持し続けることができるからだ。
おお、人々よ、このような研究によって、自然の内奥に発見されるさ
まざまな奇蹟を見に来たまえ。」(Mad.I, 6.r) この言葉からも、ノートの絵は自画像に間違いないだろう。


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不思議の国 中国 (笑) 写真が目を覚ました!

Ci090303042345 2008年12月29日、雲南省昆明市に展示された市民向けの宣伝写真に、幹部の居眠り写真が堂々と掲載されてしまったが、翌日には閉じていたはずの目が開くという不可解な現象が発生し、市民から大きな注目を集めている。31日付で雲南網が伝えた。

「違法マルチ商法撲滅に関するテレビ電話会議」と題されたその写真には、会議に参加する勇ましい幹部達の姿 が写されていたが、あろうこと か最前列に大きく写っている幹部の1人が目を閉じて居眠りしている最中だった。 Ci090303042506

 

 

これを見た市民達は大騒ぎ。ところが翌日になると、同じ写真なのに居眠りしていた幹部の目だけが開いているというなんとも不可解な現象が発生。市民からは「特殊加工したのでは」と疑問の声が上がっている.

左上、寝てる?、、右、目が開いた!心霊写真の世界だな!これは疑問でもなんでもなく加工です!また、フォトショップですか、得意だからな、中国は。別にここまでしなくてもいいと思うのだが、、。左の人も目が開いたような、、。


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金を持って逃げる汚職役人 官僚 中国 

china 最近の中国社会問題の「製造者」である高官たちが早くも他の国のグリーンカードを手に入れ、あらゆる方法で海外へ財産を移した。中国は彼らにとって単なる金稼ぎの場所に過ぎない。、、という中国の嘆きが聞こえてきた。

歴史的に汚職は中国の大問題で、中共政府は経済犯といえども死刑まで導入しているが一向に減らないばかりか、彼らの汚職の目的が海外逃亡だという。

2008年11月9日、英BBC放送の中国語サイトは、北京市検察機関からの情報として、90年代半ばから今までに2万人弱の汚職官僚が海外逃亡を果たし、持ち去られた金額は8000億元(約12兆円)に達したと報じた。 計算して見ると、一人平均6億円を もって逃亡していることになる。その手段は土地開発、税金、金融機関からの「借入金」、国家建設プロジェクト資金などから横領されたものだった。逃亡 先の国が中国に引き渡した場合、最高刑が死刑ということがネックになって犯罪者の引渡しに応じない国が多いという皮肉な事になっている。

多くは子供や親族を海外に住まわせ、それをツテに逃亡する。アメリカ、カナダ、最近は欧州に も多いという。これを防ぐには、汚職の段階で取り締まるのが一番いいのだが、以前の最高責任者 鄧小平 ですら不正蓄財のうわさがある国である。とてもす べての摘発は無理だろう。12兆円というのも驚くが、恐らく金額はもっと多いだろう。在職中に海外に不正蓄財し、退職後合法的に移住する役人は含んでいな いからだ。

写真は去年6月に開かれた反汚職キャンペーンでの展示物で、役人の座る椅子の足札束ワイングラス女性の足になっている。女、酒におぼれることの象徴だろう。こればかりは世界共通のようだ。アメリカでは、中国人を狙った中国人の強盗が増えているという。なんかこういうことも関係しているのでは?

更に最近の中国の問題は、公務員の公費乱用で、公費での豪華な海外旅行がはやりらしい。どこの国も役人というのにはハイエナのような奴が多いようだ。こういうのに税金や年金を払うというのは、泥棒になんとやら、、。警察よ、しっかり、、警察も公務員か、、。


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