イタリア・フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の壁 の落書きについてはすでにブログに書いたが,今年2月ドイツ・ミュンヘンの男(28)がニュージーランド南島を旅行中に岩や氷河にスプレーで落書きしたとして警察に逮捕され、落書きを消すよう命じられた。 警察当局者によると、男は1日半かけて落書きを削り落と
す間、ほかの観光客のブーイングなどの非難を浴びていたという。
京都の大学生はイタリーまで出向いて消すそうだが、日頃観光客の多いところなので、ブー イングを浴びるのは覚悟したほうがいいだろう。しかし、書いた本人を確定できない日本人の落書きはかなりな量で、全体の1割とも言われている。左の写真は 最近ネットに出た同じ大聖堂の落書き。めぐみ、ゆうこ、さち、みき、うえちゃん、みき、まゆみ、まさみ、きみえ、わき、りゅうじ、スギ、、、、、、一体日 本のどこにいらっしゃるのか?
ついでながら、落書き消しのスプレーを紹介しよう。1本1365円(税込み) 詳細はココ

「思い出に、、」というつもりだったのでしょうが、果たして怒られただけで済むのかどうか。ニュースの書き込みには「厳罰で臨め!」とやら「個人名、



回のパリ会議で日本は支援の追加5億5000万ドル(約590億円)を表明、日本の支援規模は過去3回の計14億5000万ドルと今回の提示額を合わせて、総額20億ドル(約2140億円)に達する。上の写真は襲われた刑務所正門付近と空になった刑務所内部






の引き出しから遺書が見つかり、当時話題になり後に出版物になった。その内容に心打たれた定常の友人、松平定信や滝沢馬琴ら当時の幕閣や文化人が追悼の意を込めた書画を定常に贈った。左は見つかった雲竜寺。定常の家臣が書いたとみられる覚書も遺書とともに見つかった。そこには露姫の死去や遺書発見の経緯が記され、「定常様の悲しみは深いので木版刷り4通を全国六十余州の霊地に送りました。御寺にもお納めください」と手書きで記されていた。今回はその一部が発見され、地方の寺に配布した事の裏づけとなる。 
文政五年十一月八日、露姫は所持の品を母や姉に託し、愛玩の玩具はみな伽(とぎ)の子供たちにわけ与えて、その翌日に疱瘡を発病、同じき二十七日癒ゆることなく遂に長逝(ちょうせい)した。露姫が驚くべき神童であったことが知られるようになったのは、死後発見された遺墨の故であるという。(